幻水TKお試し連載@



とりあえず、今現在の私がしなければならないのは現状の把握だろう。

通常ならば、多少の混乱はあれどそれくらい容易い筈だ。
そう、“通常”ならば。

だが、しかし。


「こんな状況でそんな冷静に考えられるかァァァァァ!!!」


怒りに任せた私の絶叫が真っ青な空に響き渡る。
久方振りに叫んだせいか、はたまた空気が薄いせいか、クラリと頭が揺れたような気がした。

認めたくはないが、今の私の現在地は空中らしい。
正確に言うのならば、地上から相当離れた虚空を落下中だ。

先程チラリと見えた遥か下には、緑の大地が広がっていたから恐らく間違いないだろう。
見るんじゃなかったと激しく後悔したのは言うまでもない。

つまり、私の耳元でうなる風の音も、引力に引き寄せられる身体の抵抗感も、残念な事に夢や幻覚ではなく現実という事だ。


(どうして!?
一体なんでこんな状況に!!?)


鳥のように飛べない人間が、空を飛ぶ手段として挙げられる数少ない選択肢の一つは飛行機だろう。

だが、残念かな。
私が飛行機などの類に乗った覚えは、18年生きてきた中でも一度足りとも無い。

もし仮に、飛行機に乗ってこんな状況になったのだとしても、上空にも周囲にも飛行機らしき物体は無く、在るのは摩訶不思議な金色の光だけ。
つまり、飛行機事故という線は限り無く低い。

そもそも、私は今の今まで学校に居た筈なのだ。
バタバタと忙しくはためく制服が、少なくとも学校に居た、もしくは登下校の最中だった事を証明している。

ただ…混乱してるせいかもしれないが、その辺の記憶がひどく曖昧で、ハッキリと思い出せなかった。

本当に、突然の出来事だったような気がする。
宙に放り出される感覚や浮遊感すら無く、目を覚ませばそこは空中でしたって何だ、まさかの超常現象か?

…いや、今はそんな事どうでもいい。

経緯は何にしろ、気付けば地上に向けて真っ逆様な紐無しバンジー中だなんて理不尽だ。
あまりにも理不尽すぎる。

この高さから落ちて地に叩き付けられれば、まず間違いなく助からないというのに!

とてもじゃないが直視出来なくなった自分の姿を思わず想像してしまい、落下の勢いも手伝ってサァッと顔から血の気が引いた。
そりゃあ多少なりとも恨まれるような事もしてきたから、きっとロクな死に方しないだろうなとは思ってたけど!

でも、だからってそんな終わり方はあんまりだ!!


「い…っいやぁぁあああああ!!!!」


バッシャーン!
文字通り魂の叫びをあげた私の思いが通じたのか、幸運にも私が落ちた場所は池か何かのようだった。

底が若干浅かった為に、落ちた勢いで後頭部を砂利にぶつけた。
水面に叩き付けられた時の衝撃もあいまって、かなり痛い。

容赦ない鈍痛を堪え、水底を蹴ってユラユラと揺らめく水面へと顔を出した。


「ぷはぁっ!」


急速に肺に流れ込む空気が、染みるように痛い。
再度沈まないように立ち泳ぎをしながら、私は盛大に咳込んだ。

口内から透明な液体が吐き出されるところをみると、どうやら水を飲んでいたらしい。
どうりで喉や胸が痛い訳だ。

飲んだ水をあらかた吐き出し、ようやく咳も治まって落ち着いたところで、私は周囲を見回した。

見渡す限り、木、樹、木…と見事に樹木ばかり。
他はと言うと、大地を覆う雑草や木々に絡み付く蔦くらいしか見えない。


「なに、ここ…」


呆気に取られる私…ではなく、池をグルリと取り囲むかのように木々が並んでいた。

例えるならば、まるで深い森のようだ。
いや、恐らく例えではなく、きっと深い森そのものなんだろう。

森に踏み込んだ事すら無い私には、そんな事はちっともわからなかったけども。

暫く呆然と眺めていたが、不意に寒気を覚えて私はぶるりと身体を震わせた。
衝撃の連続で忘れていたが、そういえば水に浸かったままだった。

今更ながら自分の現状を思い出し、水辺に向けて泳ぎだす。
思った通り底の浅い池だったようで、そう間も無く底に足が届くようになり、私はようやく地をしっかりと踏み締めた。

嗚呼、やっぱり地面っていい。
やっと大地に戻って来れたような気がする。

人間は地に立ってこその生き物だとしみじみと感じながら、濡れそぼって重くなった身体で池から上がった。


「うあー…最悪…」


当然の事ながら、私は制服だけでなく、髪や下着までずぶ濡れだった。
張り付く髪や衣類の感触が気持ち悪い。

歩く度に不快な水音を立てるローファーを脱いでひっくり返せば、いっそ面白いほどの量の水が地面に流れ落ちた。

着地地点が池だったのは助かったけれど、素直に喜べないのは何故だろう。
むしろ、災難としか思えない。




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