薄桜鬼逆トリ閑話(土千)



静寂。
ただそれのみが支配する薄い闇の中で、もぞりと影が蠢いた。

人の形をした影は半身を起こし、ゆるゆるとかぶりを振る。


「っつ……」


痛みを堪えるように呻きを漏らしながら、暗闇の中、一対の紫色が現れた。
薄く開かれた菫色の双眸が周囲を見回す。

広間と思しき部屋には、日の本ではおおよそ見た事すらない光景がうっすらと見て取れた。

丸みを帯びた長椅子のような物に、長机の上に置かれた屏風にしては小さい妙な板……。
床についた手には、毛織りの敷物でも敷かれているのか、上質な手触りが伝わってくる。


(何処だ、此処は……。
蝦夷、じゃあねぇようだが)


紫紺の双眼が訝しそうに細められる。
しかし、瞬時に男はハッと両の目を見開いた。

蝦夷、それは彼が踏んだ最期の地であり、最愛の人を残して命尽きた場所である事を思い出したのだ。


「千鶴!」


咄嗟だろうか、男は焦りを滲ませて彼女の名を呼んだ。
しかし、常であれば傍にいて、呼べば必ず返ってくる彼女の声が、今では微塵も聞こえない。

焦燥が男の胸の内をジリジリと焦がし、いても立ってもいられずに彼は立ち上がろうした。

だが、彼が立ち上がろうとした矢先、クンと袖が何かに引っかかったように引っ張られ、男は苛立ちも露わに視線を落とす。
薄暗がりの視界に映ったのは、彼に寄り添うように横たわる小さな身体だった。


「っ千鶴!!」


灯りもない暗がりであったが、見慣れた男にはそれが彼女であると瞬時に判った。

名を呼びながら、未だに反応のない千鶴を抱き起こす。
不安に駆られて片手を彼女の口元に当てれば、微かだが規則正しい呼気が感じられ、彼は思わず安堵の息を吐いた。


「おい、千鶴。起きろ」

「……ん、」


男が千鶴の頬を優しく叩いていると、小さな呻きと共にうっすらと瞼が開かれた。

寝起きの為か、ぼんやりと男を見つめたまま、彼女は緩慢な動作で数回瞬く。
無垢とも無防備とも取れる表情に、男の表情が和らいだ。

無事か、と小さく尋ねた彼の声が聞こえたのだろう、僅かな空白の後、ようやく千鶴の唇が動いた。


「……土方さ…っ?
−−−っ!! 土方さん!」


縋るように土方に抱きついた千鶴を、彼は薄い背中へと両腕を回して支えてやった。
土方を見上げる琥珀色が、見る見るうちに滲んだ水で膜を張り、ああ、また泣かせてしまったと、土方はほろ苦さを感じながら彼女の頬を撫でた。

涙ぐみ、心配だと叫ぶ彼女の瞳をもう何度見た事だろう。

けれど、心苦しい思いは感じれど、それは決して不快ではなかった。
むしろ、一種の心地よささえ覚えるほどに愛おしくて、くすぐったいような、ほのかな温もりが土方の胸に広がる。


「怪我はないか?」

「わ、私は何ともありません。私よりも土方さんが……っ!!」

「平気だ。……どうやら塞がったみてぇだな」


土方の言葉を聞き、千鶴の強張っていた肩から力が抜ける。
張り詰めていた糸が切れたのか、千鶴の瞳から遂に涙が溢れた。


「よか……っ、よか、った……土方、さ……っ生き、てて……!」

「千鶴……」


よかった、と震える吐息と共に零れ落ちる雫を土方の指が掬う。
しゃくりあげ、途切れ途切れになりながらも、千鶴の唇は同じ事ばかり紡ぎ続ける。

幾度も幾度も繰り返される言葉は、今にも掻き消えそうなほどに儚くて、けれど確かな熱を帯びて濡れていた。

込み上げる衝動に抗えず、千鶴を抱き締めれば、先ほどまで 土方の袂を掴んでいた彼女の手が、応えるように背中へと回る。
背中越しに、土方よりも小さく細い指がまるで失うまいとするかのように、懸命に外套を握り締めるのを感じて、土方も千鶴を抱く腕に力を込めた。



***


逆トリといいながら、夢主が一切出てこなくてすみません。
これは逆トリを考えた初期に考えた閑話です。
ひたすら副長と千鶴ちゃんがイチャイチャしてるだけの話なので、丸々カットになりました(笑)
いや、設定を変えた事も少なからず影響してますけどね。

初期設定としては、最後の対戦時にあるバッドエンド後の彼らがやってくるという流れでした。
なので、千鶴ちゃんが泣いてる訳です。 泣かしてごめんよ、千鶴ちゃん。



(Comment:0)



|



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -