DQ5お試し連載A
本当に人生というものは不思議だ。
ただただ平凡な生涯を送るのだとばかり思っていたあたしが、見知らぬ深いジャングルのような森に放り込まれ、獣道ですらない道を歩く事になろうとは。
いくら好奇心旺盛なあたしといえども、そんな場所を無謀にも己の身一つで探索する計画を立てるとは、露にも思わなかった。
そこにどんな危険があるのかすらも知らぬまま、あたしは無防備に歩き続けていた。
【DQ5お試し連載・おやゆび冒険記A】
高々と伸びた草と草の隙間をひょいっと通り抜け、比較的短い(…といっても、それでもあたしの倍はある)草のある方向へと進んでいく。
なるべく障害物の少ない場所を選びながら歩くが、あまり効果はないかもしれない。
どこを選ぼうと、どっちみち巨大植物を相手にするのだから、大変な事には変わりない。
次第に密度を増してきた草や行く手を阻む岩や流木のような木の一部に苦戦しながらも、歩を進め続ける事40分(…くらいだったと思う)。
思ってた以上の困難(荒れた道)に、息切れと疲労を感じ始めた頃、ようやっと草の群生地を抜ける事が出来た。
「うへぇぇぇ……ようやく草地獄から解放されたよぉ…」
情けない声と共に、地面に突っ伏す。
母が見れば行儀が悪いだの服が汚れるだのと小言を貰いそうだと思ったが、今はそんな事どうでも良かった。
剥き出しの土は冷たくて、身体が火照ったあたしには有り難い。
暫くそうやって身体を休めて満足したあたしは、ふと喉の渇きを覚えてむっくりと身体を起こした。
(……水が欲しいとこだけど…この辺りにはなさそう、か)
耳を澄ますが、葉ズレの音は聞こえども、水音らしき音は何一つ聞こえない。
それでも諦めずに周囲を見回すが、水溜まりどころか露の一滴すらも見当たらなかった。
(水や食料がないのは流石にマズいな…)
特に水は重要だ。
日差しは周りをグルリと囲む樹々のおかげで届かないので、気温はそこまで高くないと思うが…何しろ歩きずくめなので、このままでは脱水症状に陥り兼ねない。
あたしの体力だって平均値しかない訳だし、このまま当て所無く歩くのは厳しいだろう。
(せめて水と食料だけでも、どこかで調達しなくっちゃなぁ…。
でも、どこにあるんだろう?)
深刻に心配始めた頃、突然左の茂みがガサリと動いた。
思考を中断し、何気なくそちらに視線を投げてみて―――あたしは絶句した。
茂みから出てきたのは、まるで髑髏を象ったような鉄仮面だった。
(な、に…アレ…!?)
本来は無機物である筈のそれは、何故か命でも宿ったかのように動いている。
ただでさえ不気味な兜なのに、それが尚一層化け物じみた恐ろしさを抱かせた。
関わるなと、逃げろと本能が警告する。
(に、逃げ…なきゃ…!)
張り付く喉を生唾を飲み込む事で潤し、小刻みに震える足をなんとか半歩分後ろへと動かした。
その、刹那。
あらぬ方向を見ていた鉄仮面と、不意に目があってしまった。
「……っ!!」
闇色の空洞の奥でギラリと炎が燃えたのを視認したのを最後に、頭が真っ白になった。
水の心配も体力への不安も、今まで考えていた全てが彼方へと吹っ飛ぶ。
それらの代わりに湧き上がったのは、恐怖だった。
自分のものではないかのように心臓が早鐘を打ち、脳内で激しく警鐘が鳴り響く。
身体の芯から悲鳴が上がり、足が、腕が、喉が、心臓が、全身が震えた。
走り出してこの場から逃げてしまいたいのに、足に根が生えてしまったかのよ うに動かない。
動けない。
吹き出した冷や汗があたしの頬を伝う中、怪物がゆっくりと口を開いていく様が、まるでスローモーションのように見えた。
息をするのさえ忘れてしまいそうな静寂の中に、"死"のイメージが過ぎった瞬間だった。
――パキッと、小さな、だが静寂を破るには十分な枯れ枝の折れる音が、あたしの耳に届いた。
「――――っ!!!」
弾かれたようにその場から駆け出す。
その数秒後、ガチンッ!とまるで鉄同士が噛み合わさるような音が背後で聞こえた。
走りながら恐る恐る振り返り見れば、先程まであたしがいた場所にあの生き物(?)がいるじゃないか!
逃げなかった場合の自分の末路をつい想像してしまって青ざめた顔を、無理矢理前に向ける。
あんな生涯の幕の閉じ方なんて、真っ平だ!
「畜生!こうなったら、何が何でも逃げてやる…っ!!」
(それ以外に生き残る術など無いと、悟ってしまったから)
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