薄桜鬼原作沿いお試しA



「チッ!待ちやがれ!!」


盛大な舌打ちの後、怒声と共に複数の足音が後を追ってくる。

迷惑そうに、あるいは見てみぬフリをし、またあるいは慌てて飛び退く道行く人々の間をすり抜け、走りづらい大通りから路地へと滑り込む。

地理には疎いが、京は網目のように道が走る町だと聞く。
だとすれば、迷う可能性も勿論あるが、彼等を撒ける可能性も大いに期待出来る。

少なくとも、未だに人通りが絶えない大通りよりかは、まだマシな筈……だった。


「だーっ!!しつこいにも程があんだろ、くそったれが!」


夜が訪れ、家屋の灯りが次々と消えていく中、オレと千鶴は未だに浪士の連中に追われている。

いくら角を曲がれど、引き離したかと思った刹那に、行く手を知っていたかのように鉢合わせしてしまうのだ。
一度ぶつかりかけた時など、流石にオレも肝が冷えた。

だが、彼等も大層驚いていたから、恐らく彼方も京の地理には明るくないのだろう。


(……あれ、だとするとオレ達の運がひたすら無いって事か?)
「……いや、無い。それはない。でないと困る」
「あの……椿、さん……?」
「あ、あぁ。ごめん、何でもないよ」


心配そうに掛けられた千鶴の声で我にか
えり、慌てて笑顔を繕う。
その場しのぎでしか無かったが、とりあ
えずは納得してくれたのであろう。

千鶴は細い眉根を若干寄せながらも、そ
れ以上は 聞いては来なかった。

いや、息をするのに精一杯で聞けなかっ
た、が正しいのかもしれない。
走る速度を落としながら千鶴を見れば、
既に息も絶え絶えで、懸命に地を蹴る足
も震えており、今にも転んでしまいそう
だった。

いや、何せ半刻近く走り続けているのだ
から、そうなってしまうのも無理はな
い。

普段走り回る事のない彼女は女性なのだ
から、尚更辛いだろう。
周囲の気配を探れば、浪士との距離はま
だある……息を整える程度の時間ならば、確保出来るか。


「ちぃ、こっち」
「は、はぃ……っ」


小声で千鶴を促し、物陰に彼女を隠すように押し込んで、オレも暗がりに身を潜めつつ彼女の前に立った。

胸に手を当て、肩で息をしながら不思議そうにする千鶴に向け、唇の前で人差し指を立てる。
それでも尚、首を傾げる彼女に「ちょっと休憩しよ」と囁くように呟けば理解してくれたようで、 こくりと小さく頷いた。

相変わらず、素直で聞き分けのいい子だ……正直助かる。

千鶴に微笑み、オレ自身も身体を休めながら様子を窺う。
足音はまだ遠い……だが、確かに此方へと近付いて来ていた。


(さて、どうするか……)


千鶴の息が整うまでの束の間、と思っていたが…… 彼女を見る限り、走れるようになるにはもう少し時間が必要そうだ。

このままでは只のいたちごっこに成り兼ねない。
いっその事、千鶴には隠れてもらい、オレが囮になって浪士を引き付けて撒く方が……。

その時、ふと袖を引かれて、思考に耽っていた意識を呼び戻された。

首を回して元を辿った先は、申し訳程度に袖を摘んでオレを見上げる千鶴の姿。
不安そうな顔で眼を潤ませながら見つめる千鶴はまるで、さながら迷子になった幼子のようだ。

薄々気付いてはいたが、千鶴はこういった事にはやたらと勘がいい……いや、察しがいいと言うのかな。


(色恋沙汰には疎いのになぁ)


思わず苦笑を零したオレの袖を、千鶴は殊更強く握りしめた。

多分、今も何となくオレの考えを察してる。
でも、


「ごめんな」


足音は面した路地から聞こえてきていて、もう猶予はなかった。




***


これまた変なとこでぶった切っててすみません(苦笑)
この後、夢主は千鶴ちゃんの手を振り切って囮になろうと路地へ出ようとしますが、件の隊士たちが出てくる訳ですよ。
千鶴ちゃんが引き留めてなかったら、きっと夢主が浪士連れて去った頃に隊士たちが来ちゃって、千鶴ちゃんはピンチに陥ってた可能性もあったかもしれませんね。






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