こんな想い、知らなかった



いつの頃からだっただろう、その瞳に見つめられる度に胸が高鳴ったのは。




いつの頃からだっただろう、彼女の特別になりたいと願うようになったのは。






この気持ちを何と呼ぶのか







私はまだ知らない…




−−−−−−−
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「名前!三成!!」






背後からかけられた忌々しい声は
聞き間違える筈もない家康のもの。







暑苦しいほどの笑顔をこちらに向けて近寄ってくるこの男は所謂名前の幼馴染であり、私が苦手とするタイプの人間だ。









だが彼女と共に行動することが多い私にとって、この男を回避するなど不可能なこと。



結局、私も奴が言うところの“絆”の担い手にされている。





「二人とも、今帰りか?」




「うん。そっちは部活?」





「あぁ!…ん?名前、髪切ったのか?」




何の躊躇いもなく、少し短くなった名前の髪を手に取る家康に何故だか無性に腹が立つ。





「あ、気が付いた?結んでるからかもしれないけど、皆あんまり気付いてくれなくてね?三成なんて、“髪、何か気付かない?「って聞いても“知らん。”って。」






「ハハハ!!まぁ、三成はそういうの疎いから仕方ないさ!!」




「まぁ、そうなんだけど…。」




楽しげに話す二人、それにイライラする自分すらも腹立たしい。







私も…朝一番に会った時から気付いていた。



髪を切ったことにより、彼女が今までよりも少し大人びて見えて




“切ったのか?”



その一言が言えなかったのだ。






いや、髪型が変わったからではないやもしれない。



思い返せばここ最近、名前に対して素直な言葉を紡げない。



そのもどかしさと言いようもない怒りに奥歯をグッと噛み締める。











この苛立ちは何だ?





自問自答を繰り返す間にも、名前と家康は親しげに話し続けていた。




どこから来ているのかも分からないこの気持ち。




焦り?






怒り?








哀しみ?












いや、違う。






どれが正解だ?





いや、全て





「違う…。」





心の中で呟いたつもりが空気を震わせ言の葉となる。慌てて口を閉ざそうとすれば肩を揺すられた。





「三成…?どうしたの、すごく怖い顔してるけど…。」





気付けば家康は既にいなくて、目の前に広がるのは名前の心配そうな顔。



「……っいや、何でもない。」







心臓が大きく跳ね上がり、少し息苦しさを感じる。





眉を寄せた私の背を心配そうに撫でる名前。彼女の手が触れたところだけが、やけに熱っぽい。




クルシ、イ…?






「三成、本当に大丈夫?…もしかして熱っ!?」







ちょっとごめんね、と私の前髪を掻き上げて互いの額に手を当てる彼女は心の底から私のことが心配なようだ。








「熱はなさそうなんだけど…大丈夫?家まで頑張れる?誰か迎えに来てくれる人とかいないかな?それとも救急車とかのほうが…。」



「いや、問題ない…気にするな。」



私の腕を支えるように持つ名前の手を振り払う。





その行為を彼女は、私が
遠慮していると感じたのだろう。




気にしないでと言いながら、小さな身体で尚も私の身体を支えようとしている。




「熱がある訳ではない。」



「熱じゃなくても、辛そうだよ!!…ごめんね、私が家康と呑気に喋ってるから…」




彼女の口から飛び出したのは、また“家康”の名前。





心臓が鷲掴みにされたような痛さが身体中を駆け巡る。




自分でも何がなんだか分からなくて、一種の眩暈のようなものさえ覚えた。






「三成…!」




名前の手に力が入り私を現に引き戻す。




まるで病人のように真っ青な顔色で私を見上げる彼女に、幼子の如く己が頭を垂れれば頭部に置かれる小さな手。




どこか擽ったいような感触に思わず目を細める。





いつの間にか息苦しさも姿を消していた。





「落ち着いた…?大丈夫…?」


「あぁ…。っ、名前!何を…っ!?」


「落ち着いたの一瞬かもしれないんだから、静かにしてっ!!心配だから家までついて行くからね?」





地面に目を落としながら私に言い放った名前の頬は少しだけ桃色に染まっている。





その光景にどこか満足感を感じるのは何故か。




「今日はこのまま帰ろう、三成。」



「っふん、好きにしろ…。」




控えめに握られていた彼女の手を少し強く握り返せば、お返しとばかりに彼女も強く握り返してくる。





「名前…通常は男が女を家まで送るものなのだろう?」



「まぁ、そうだけど…。でも、三成は具合悪いんだし。気にしなくていいんだよ?」




世間一般の男女間でされる送り迎えと立場が逆転してしまっていることに多少の情けなさを覚えるものの、彼女と肩を並べ過ごす時間が増えたことのほうが今の私には嬉しかった。






「次からは…私が名前を家まで送る。」



「え!?いいよ、そんな!!気にしないでいいんだって「拒否は認めない。」…。」



「いや、迷惑ならば別にいい。」




言葉を詰まらせた名前に慌てて発言を訂正すれば、彼女はすごい勢いで首を横に振る。



せっかく綺麗に切り揃えられた髪がひどく乱れてしまうというのに…





「私が迷惑してるんじゃなくて…その、三成のほうが迷惑でしょ?だから、」




「迷惑でないと言うならば拒否は認めない。いいな?」




私を見上げる名前の顔は、どこか困っているような、嬉しそうな…そんな複雑な表情をしている。









「じゃあ…お願いしよう、かな…。あ、もちろん三成の体調が良くなってからだけど…」




「私なら問題ない。いらぬ心配をかけた…





「だから、それは気にしないで大丈夫だって…。」






「それと、その髪だが…









前よりかは幾分マシだ。」







“似合っている”


そう言うつもりだったのに、やはり素直に言葉は出てこない。





家康のストレートな物言いが酷く羨ましく感じられるあたり、私は相当に狂っている。








「あ…ありがとう、三成っ!!」





嫌味のような言葉に聞こえてもおかしくなかったはずなのに、名前は至極嬉しそうで。






多分無意識だろう、私の手をより一層強く握る彼女の手はとても温かかった。





















いつの頃からだっただろう、その瞳に見つめられる度に胸が高鳴ったのは。




いつの頃からだっただろう、彼女の特別でありたいと願うようになったのは。





この気持ちを何と呼ぶのか






私の前で恥ずかしそうに笑う彼女がこんなにも可愛くて、












どうしようもなく愛しい
















あれからほぼ無言のまま、気付けば私の家の前。名残り惜しい温もりが手から離れる。





少し寂しそうに、それでいて恥ずかしそうに微笑む彼女の頭を私はゆっくりと抱き寄せた。







苦しくて、痛くて、だけど吐き気がする程に甘ったるい



















ー君に触れるまで、あと3秒。











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