猫箱の猫は生きているのか


ジャージ着て出てったオレが、年に不似合いな「落ち着いた感じの服装」で戻ってきたのみて、塔一郎がめちゃくちゃびっくりしてきた。

「ユキ、雨降ってきたから心配してたけど…どうしたんだ?」
「…何もなかった!!」

袋にいれてもらったジャージ手にして、塔一郎に八つ当たりするように言った。

そうだ、本当に何もなかった。「桐谷」さんの家で、なんもなかった。フツーにタオルと着替え借りて、送って貰っただけだった。
「桐谷」さんはオレが着たら年不相応そうな服を大事そうに、持ってきた。「ちょっと黒田くんには、大きいかしら」とか言いながら渡されて。…なんも、聞けなかった。お礼言って借りるのが精一杯だった。送ってもらった車ん中でも、どんな会話したのかついさっきのことなのに、全然思い出せなかった。送ってもらってからお礼いって、自転車おいて寮に戻って、これだ。
塔一郎はオレの反応にびっくりしてたから、ばつが悪くなって謝ってから部屋に戻る。

(ちくしょ…!なん、でオレは、ガキなんだ…!)

踏み込むタイミングとか全然わかんねーよ!聞いても悲しませんのかなとか思ったら、この男物の服のこととか、結婚指輪してんのに一人暮らしなこととか、気になってんのに聞けねーよ…!

(くそ…せめてオレが、もっと大人…桐谷さんくらいだったら、)

そんなどうしようもねーこと考えながら着替えだして、大浴場にいくことにした。
借りた服だけど、さっさと脱いで温まりたかった。


「桐谷」さんから服借りて送ってもらった日からしばらくして、借りた服をクリーニングにだした。そして今日取りに行って、バスで「桐谷」さんの家の近くまでいって返しに行く。バスからおりて記憶頼りに歩けば、「桐谷」の表札のある家はすぐ見つけられた。
「桐谷」さんの家は一軒家で駐車場があった。庭はちょっと狭いかなって感じだったけど、今見ると花とか植えられてて、ガーデニングされてんなぁって思った。思いつつ、インターホンを押す。スーパーまで持ってくのもあれな気がして、持ってきたんだけど…家にいなかったらドアにひっかけてメモ袋にいれて帰るつもりだった。けど、

『はい』

小さいスピーカーからしたのは、「桐谷」さんの声。いた、って安心したような、緊張したような。そんな正反対な気持ちになりつつ、口を開く。

「黒田っス」
『黒田くん?!ちょっと待っててね』

ぷつっと会話がとぎれた。しばらくしたら鍵があいて、扉が開けられる。

「どうしたの、黒田くん」

驚いたようにしている「桐谷」さん。いつかのときみたいに、目は丸くなってた。

「服、返しにきただけで…」
「学校からわざわざきてくれたの?…ごめんね、黒田くん」
「いや、服借りたのはオレのほうだし、送ってももらったから!つかあの、なんかお礼もってくるべきだったなとか今、思ってて…」

今更なんも持ってきてなかったことを後悔してると、「桐谷」さんは首を横に振った。

「気にしなくていいのよ、おばさんのお節介だったんだから」
「桐谷さんは、おばさんじゃないっスよ」

暗に意識してます、って意味こめたつもりだけど、

「お世辞でも嬉しいわ」

普通にお世辞ととられた。ちくしょう。やっぱり、14も離れてたらそういう扱いされるのかと思った。

「よかったらお茶してって。わざわざ返しにきてくれたんだもの」
「えっ!あ、いや…」
「このあと予定ある?」

申し訳なさそうに言われて、全力で首を横に振った。その反応に「桐谷」さんは笑った。

「よかった。大したおもてなしはできないけど、どうぞ」
「お、お邪魔します」

家に上がるのは二回目。でもこの間は洗面所で着替え借りただけで、リビングにあがるのはこれが初めてだった。
リビングは広くて、奥には食卓テーブルがあった。高そうなグレーの革のソファで、テーブルの下には絨毯がひいてあった。テレビも結構でかいし、何か高そうな家具があった。壁掛け時計もなんか高そうだった。

(ブルジョワだ…)
「紅茶とコーヒーとお茶、どれがいい?」
「お、お茶で」
「はーい。あ、座っててね」
「ウッス…」

ガチガチに緊張してるのを自覚しながら、高そうなソファに座る。座った感じもなんか高そうだと思った。…すげぇあほ丸出しな感想だと、自分でも思った。
落ち着かなくて、そわそわしつつリビングを見渡す。と、いくつか写真を見つけて…ウェディングドレス着た「桐谷」さんと、白いタキシード着た男の写真が、あった。

「……」

ガツンッて、頭から落車したみてぇな衝撃を受けた。

(なに、今更ショック受けてんだよ…桐谷さん、結婚指輪してるだろ…)

今は何かしらねーけど、一人暮らしなんだって知ってただろ、バカかオレは。
…さっきまで緊張でそわそわしてたけど、今度は違う意味で居心地が悪くなった。あの写真が、お前場違いだろって言ってきてるみたいだった。

「お待たせ。はい、お茶とお菓子。…黒田くん、甘いの平気?」
「…あの服、旦那さんのだったんスね」

「桐谷」さんがお茶とお菓子運んできたけど、口からでたのはそれだった。若干、責めるような口調になった自分に嫌気がさして、「桐谷」さんがみれなかった。「桐谷」さんはしばらく黙って、ゆっくり口を開いた。

「…そう。でも、そろそろ、片づける、つもりだったの」
「なんで…っスか」

聞きながら「桐谷」さんを見た。「桐谷」さんはオレがさっき見つけた写真を、見つめていた。幸せそうな自分と、旦那さんを見つめているその目は、遠くの何かを探してるように見えた。

「…夫がね、もう…亡くなって、一年になるから」

――やっぱりオレはガキだって、嫌気がさした。
そんなオレをよそに、「桐谷」さんはぽつぽつと話し始めた。

「――交通事故だったの。出張先で、歩道歩いてたら車が歩道に乗り上げて暴走して…夫以外の人も巻き込まれたけど、死んだのは、あの人だけだったわ。打ち所が悪くて、私が行ったときには…もう、息を引き取ってたの」

写真を見つめたまま、まるで本のあらすじでも読み上げるように話す「桐谷」さん。…オレはそれを聞くだけで精一杯で、「桐谷」さんの顔を、見れなかった。オレが、ほじくり返したから。
「桐谷」さんは、ため息をついた。

「ごめんなさい、こんな暗い話して」

申し訳なさそうに謝りながらオレを見る「桐谷」さんは、いつものように振る舞おうとしてるようにしか見えなかった。それが痛ましく見えたし、そうさせたのはオレだと思うと、自己嫌悪で吐き気がした。

「すんません…」
「いいの、気にしないで。…しっかりしてない私が、いけないから。あの人に心配されちゃうわね」

自分をだめだという言葉。
「桐谷」さんは多分…本当は、今でも旦那さんに泣きすがりたいはずなんだ。でも、そばにいるのはオレだ。…オレが、ガキだからこの人はそれができないんだろうかとか、どうすればこの人はオレに少しでも頼ってくれるんだろうかとか。

「…オレじゃ、だめですか」

そんなことを考えながらでたのは、本心だった。
「桐谷」さんはオレの言葉を理解できてないのか、目を瞬かせていた。

「黒田くん…?」
「旦那さんの代わりになろうとかは思ってない。けど、なんっつーか…話とか聞いたりとか、悲しいなら悲しいとか、オレが聞くとか…そういう風な関係になるの、オレじゃ、だめですか?」

知りたいし、触れたい。
そんな欲求をオレが持ってるなんて思ってすらいなかった目の前の人は、すげー無防備だった。
元から人に対して警戒とかしない人なんだろう。多分、旦那さんもそういうとこ放っておけねーとか思ったんだろうなと、写真の旦那さんを一瞬だけ見た。そして、「桐谷」さんの左手を握って、薬指の指輪に触れた。びくりと「桐谷」さんが肩を震わせた。目を見開いて、オレを見る「桐谷」さん。動揺してて、オレの行動や言葉に戸惑っていた。

「桐谷って、旦那さんの名字なんスか?」
「え…ええ、そうだけど…黒田くん、」

左手を強く引っ張って、「桐谷」さん…いや、

「比奈子さん」

比奈子さんを、オレのほうに引き寄せる。倒れ込むようになって、呆然とオレを見てくる比奈子さんに、…ぞくぞくした。

「これからは、そう呼ぶんで」

動揺と混乱でろくに反応できない比奈子さんの唇に噛みついた。



20140414

 

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