まるく、やわらかい


その人と二度目に会ったのは、スーパーだった。
本当は学校から近いコンビニのが便利だけど、金ねーときにコンビニはきついもんがある。だからスーパーまで足伸ばすことがたまにあって、そこでたまたまあの人と会った。つか、あっちが気づいた。レジのときに、

「あっ…」

って声もらされて、財布からレジ店員に目向ければ、あのパンクしてた女の人だった。女の人は目を2、3回瞬きして、「びっくりした」って顔に書いてあった。

「あ」
「あの時の、子よね?この間は本当にありがとう」

またあの、柔らかいけど「品のある」笑みを浮かべてた。営業スマイルとは違う。あのときのと同じもの。思い出して、照れくさいのがまたきた。

「あー…別に、大したことしてないんで」
「とっても助かったのよ。お礼しなきゃと思ってたけど、名前と連絡先聞き忘れてたわ」

いや、そりゃオレが恥ずかしくなったからで…なんて言えねーから、「そんなんどうでもいいっスよ」と返した。目線彷徨わせてたら、名札に目がいった。「桐谷」。どうやらそれが、この人の名字らしい。

「またここに来てくれる?そのときにお礼をするから」

バーコード読み取りながら内緒話するみてぇに言われて、くすぐったくなってきた。「桐谷」さんになんか適当に返事して、また逃げるように店をでた。
そしてその後に、あんな人もスーパーでパートとかするんだなと思った。それがなんか、違和感というか、あわない感じがした。


お礼したいから来て欲しいって言われたけどどれくらい間あければいいかとか、時間とか分かんなくて、この間より遅い時間に三日くらいしてから行った。…別に、お礼目当てじゃなかった。ただなんか、お礼したい言われて無視すんのも悪ィ気がして、行った。行ったら安心したような顔されて、この人本当顔にでるなと三度目で思った。

「きてくれてよかった。それに今からあがりなの。少し、待っててもらえる?」
「…買い物のついでだから、いいっスよ。時間、あるんで」

シャープペンの芯買って適当に雑誌読んで待ってると、「桐谷」さんが小走りに駆けてきた。雑誌を棚に戻して「桐谷」さんを見れば、申し訳なさそうな顔をされた。

「ごめんなさい、待たせて」

全然待たされたと思ってなかったから、首を横に振る。「桐谷」さんは、また安心したような顔になる。あの時の、パンクして困ったような顔してた「桐谷」さんを思い出した。今になって思っても、本当によく表情が変わる人だった。
「桐谷」さんはほかの店員にお疲れ様でしたとか声かけて、オレと店をでた。周りからは親子みたいに見られてんのかなとか思ったけど、「桐谷」さんはオレの母親よりかは若く見えた。

「そういえば、自己紹介してなかったわね。私は桐谷比奈子っていうの。この間は、本当にありがとう」

ゆったりとした、柔らかい口調で「桐谷」さんは自分の名前を言う。全部が柔らかくて丸っこい感じの人だけど、体は華奢で頼りなく感じた。隣に立つとなおさらそうで、この人ちゃんと飯食ってんのかなとか全然関係ねーことを思った。

「そういえば、箱根学園の自転車競技部なの?店長さんにね、高校生くらいの子にパンクしたとき助けてもらったって話したらそうじゃないかって言われて」
「そうっス」

「桐谷」さんの顔が、なんか輝いた。年上の女の人からそういう顔されるなんてことなかったからめちゃくちゃ驚いて、思わず凝視した。「桐谷」さんはオレのその視線に気づいてないのか、そのまま続ける。

「私、あまり自転車競技というものに詳しくないけど、山とか坂とか登ったり、スピード勝負とかするスポーツなんでしょう?すごいなぁと、思ってて」
「……」

なんっつーか、今まで一番、こっぱずかしいほめられ方を、された。思わず「桐谷」さんから目をそらせば、「桐谷」さんは慌てたように言ってきた。

「ごめんなさい。年甲斐もなく、はしゃいだようになっちゃって」
「いや…あー、自転車、とってくるんで少しいいっスか?」

「桐谷」さんが頷いたのを見て、自転車を取りに行く。ぼんやりとお礼ってなんなんだろうかとか考えたけど、ぶっちゃけお礼とかどうでもよくなっていた。「桐谷」さんの柔らかい声、もう少し聞けるのかとか思ってる自分に気づいて、バカかとため息をついたのを覚えている。

「桐谷」さんのとこに自転車押していって、「桐谷」さんも自分のママチャリとりにいってから二人でいったのは肉屋だった。結構有名で、オレも知ってた。あげたてのメンチカツがめちゃくちゃうまい。そこでそのメンチカツを大量に買った「桐谷」さんは、それをオレに渡してきた。

「お礼、本当はお菓子の方がいいかなとか思ったけど、男の子だし、自転車競技ってすごく体力使うって聞いたから…」

ほんの少し自信なさそうな様子で、大丈夫かしら?と聞いてきた「桐谷」さん。頷いて受け取って、「これ、好きなんスよ」って言えば、ほっとしたように「桐谷」さんは笑った。この間のときみたいなむずがゆさがあった。けど、…袋に入ったメンチカツは揚げたてだ。袋ごしに持てばじんわりあったかくて、それのせいに無理矢理しといた。
「桐谷」さんは挽き肉を買った。挽き肉使った料理は、ハンバーグくらいしか思い浮かばなかった。もしかしたら、子どもいるのかなとかそういうこと考えたし、興味がわいた。

「ハンバーグっスか?」
「今日はね。使わなかった分は、麻婆豆腐とか作るときに使うから冷凍しておくの」

一人分が何グラムなのかとか全くわかんねーけど、今日ハンバーグに使っても挽き肉はあまるらしい。自分のカゴに挽き肉が入った袋いれる「桐谷」さんに、オレはさっき思ったことを聞いた。

「ハンバーグってことは、子どもとかいるんスか?」
「…ううん、いないの。私、子ども舌なのよ」

そっと笑った「桐谷」さんにとって、オレの質問は「桐谷」さんの過去に触れたもんだったっていうのは、後で知ることになる。
そんときのオレは子どもがいないってことを反芻しつつ、「桐谷」さんの左手の薬指にある指輪をぼうっと見ていた。




20140413

 

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