エンドロールまでお預け


比奈子さんはまじめだ。ちょーがつくくらいに、まじめだ。

あの日、オレは改めて比奈子さんのことが好きだと言った。今度は困惑もせず、比奈子さんは困ったように…だけど柔らかく笑いながら言った。

「…おばさんだけど、大丈夫?」

大人ってそういう言い回ししてずるいなとか思いつつ、比奈子さんだからそんなのを気にしないとはっきり言えば、比奈子さんの顔が赤くなった。…この人はどストレートに、核を突いた方が早い。しかもそれで、こんなかわいい反応するんだから、もっと早く気づくべきだったと後悔した。

「く、黒田くん…」
「なんスか」
「あの…改めて、よろしくね、頼りない私を」

って、恥ずかしそうに言われて、死ぬかと思った。
嬉しさとか、もろもろで。

「えっ。これ、あれっスよね?おつきあいとか、そういう?!」
「そ、そうなるけど…ちょっと、もう30すぎるとそういうの恥ずかしくなるから…!」

比奈子さんの顔は赤くなってる。目線彷徨わせたあと、恥ずかしそうにオレを見てくる比奈子さん。…かわいすぎだろ、この人。これで30代っていうから、信じられねー。(比奈子さんが顔立ち幼いのもあるけど)

「…っ、比奈子さん!」

なんかもうもろもろが極まったオレが比奈子さんを押し倒そうとしたら、唇に比奈子さんの人差し指が押し付けられた。しーって、されるように。思わず止まれば、比奈子さんは真面目な顔をして言った。

「黒田くんは、まだ未成年で学生さんでしょ」
「…っスね」

あれ?なんだこれ、説教?つーか、なんかいやな予感がするぞと思ってると、比奈子さんはそのままはっきりこう言った。

「だったら、そういうことは黒田くんが卒業するまでしません!」

18歳未満が18禁行為してはいけない、ど正論だ。でも、それでおとなしく納得できるわけがなかったけど、「大事な息子さんを思ってる親御さんのことを考えると、そこは絶対に譲れません」とか言われたら、ぐうの音もでなかった。実際、オレは来年三年生になるってだけで、世間一般からすれば未成年だ。…そら、諭されれば諭されるほど、比奈子さんの言ってることは正しいと思った。
…あと、オレはどちらにしろこれからはさらに練習で時間がなくなるから、そっちの方がいいかもしれないと、自分に言い聞かせた。

そして、それからずーっと成人女性と付き合ってるとは思えねーくらい健全なお付き合いというやつを、している。連絡先交換して、連絡したり。あ、でも大会とかに比奈子さんが来てくれることがあったりとか。そういうの嬉しかったし、部全体に差し入れくれたりした。オレの彼女、とか言いたかったけど、そういうのは比奈子さんあんまり喜ばねーだろうなとか思ったし、それじゃ見せびらかしたいだけのガキと同じだなと思った。けど、オレには別で差し入れあったから、比奈子さんからの特別扱いってだけですげー機嫌よくなったから、結局はガキみたいなもんだ。…嬉しいものは、仕方ねーだろ!

あー、あとひとつ。変わったことがある。本当他人からしたら些細なことかもしんねーけど、

『こんばんは、雪成くん。今日も部活動お疲れさま』

比奈子さんがオレのことを名前で呼んでくれるようになった、ってこと。それはここ最近の変化で、オレがそうしてほしいって言った訳じゃない。比奈子さんから、してきた。内心ガッツポーズとった、マジで。
電話しながら、名前で呼ばれるたびににやけそうになるのをおさえる。自分の部屋だけど、ついそうしちまう。

「塔一郎が鬼みてぇな練習組んでるから。でも、そんくらいやんねーと王者奪回はできねーなとオレも思ってるから不平はないっス」

総北高校は、強い。去年のあれはまぐれでもなんでもない。最終日、あのゴールを見ていたからこそ、分かる。

『そう、よかった。…本当、体に気をつけてね』
「うん。比奈子さんも。熱中症とか気をつけて。あと夏バテとか。比奈子さん、細いから結構心配だな」
『細くないわよ。最近、年のせいもあってちょっとお腹が…ダイエットしようかしら』
「えっ、絶対だめっスよ!」

それがいいのに!とは言わずに、体調第一だからとそれっぽいこと言い聞かせた。

『…インターハイが終わっても、雪成くんは受験があるのね』
「うっ…思い出したくねー」
『ごめんね、インターハイ近いのに』
「大丈夫。そのへんの切り替えは、自己責任だし」
『そう?よかった、変な負担与えたかしらって思ったけど…』
「全然。むしろ心配してもらってんだなって、嬉しかったし」

時計の時間を見る。そろそろ寝ておかないといけねー。本当はもっと話したいこととかある。つか、よくを言えば抱きしめたりしてぇ。

「比奈子さん、そろそろオレ寝ます」
『あ…もうこんな時間なのね。ごめんなさい、長々と』
「本当はもっと話したいくらいなんだけど…でも、あの、ひとつ、いいっスか?」
『なぁに?』

すっげーらしくないし、似合わねーことを、言おうって決めていた。
そんで、今言いたいと思った。つか、今しかない。もうインハイは近づいてきている。これからは電話する時間もろくにとれねーだろうって、分かってたから。

「インハイとか、受験とか。全部終わったらオレ、比奈子さんのこと、絶対に迎えにいくから!だから、それまで待っててほしい」

言った!やべ、めちゃくちゃ恥ずかしいな、これ…!
自分の耳が赤いのが、いやでも自覚できる。手汗が滲む、そう思ったとき、比奈子さんの柔らかい声がした。

『待ってるからね、雪成くん』

そう返してもらえただけで、さっきまで嫌気しか感じてなかった受験に対してもやる気がでたから、オレはやっぱり単純なガキだ。
でも、

「…っ、嬉しいっス」

すげー幸せだし、比奈子さんに受け入れられてて、少しでもその比奈子さんを支えられてるっていうんなら、オレはそれだけで満足だし、待たせてしまう分、比奈子さんを幸せにしたいと思った。

夏はこれから始まる。
オレと比奈子さんだって、これからだ。
待たせてしまった分のことは、それからしていく。
インハイも勝って、受験も成功さして、そして比奈子さんを迎えにいって幸せにする。
こんだけ明確な目標があるんだ。
迷うことも、戸惑うことも、何一つない。

「待っててくださいね、マジで」
『もちろん、待ってるわ』

電話の向こう側の比奈子さんの声も、明るかった。
口に出して確認しなくても、比奈子さんもオレと同じような未来を思い描いてるんだなと、分かった。

『…私、とっても幸せよ。そこまで思われてて、楽しみに待てる未来があるんだもの。…ありがとう、雪成くん』
「…比奈子さん」

感極まった。だって、こういう関係になるまでオレなりに悩んだし、比奈子さんを困らせたことだってあったから。

『…大好きよ、雪成くん』
「っ?!ちょ、比奈子さん、」
『お、おやすみなさいっ』

ぶちって、電話切られた。いい逃げされた!
最後の最後に、不意打ちして。

「っくそ…録音、しときたかった…っ」

赤い顔のまま、ガチでそう悔やんだ。


不意打ちに振り回されたりとかしてるけど、なんだかんだでオレと比奈子さんは良好な関係で。お預け食らってるような状態だけど、先延ばしにされた分も返していけばいいだけのことだ。

(その辺も覚悟しておいてくれよ、比奈子さん)




20140512

 

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