更衣室に逃げ込んでから、大きく息をついたのは誰だっただろうか。そしてそれを皮切りに、荒北が口を開いた。

「ッンで!こんな場所に、喰種が二体もいたんダヨ?!」
「ちげェんだよ、靖友。最初にいたのはあの、黒猫の、仮面のやつなんだ…!」

気休め程度に、ベンチなどで扉を塞ぎながら、新開は荒北がくる前までの状況を話す。福富も手伝いつつ、東堂に対策局の電話番号を調べて電話するよう指示を出した。

「そいつはオレたちに逃げろって言ってきた」
「…喰種がか?」
「ああ。そのあとにあの黒い仮面の喰種が来たんだ」
「…あいつらが仲間じゃネェのは、それだけ聞きゃわかるけどヨォ…」

あの黒猫の仮面の喰種は大丈夫なのか?

荒北たちが気にしているのは、その一点。そしてあの黒猫仮面の喰種は、「こいつらと違うという保証はカチューシャがしろ」と言っていた。自然、電話を終えた東堂に視線が集まる。

「…すぐ救出にきてくれるそうだ」
「そうか」
「東堂、オメェあの黒猫の喰種、知ってンのか?」
「……」

東堂は携帯電話をしまい、あの日のことを思い出す。初めて喰種と出会い、殺されそうになった日のことを。
あの黒猫は颯爽と現れ、9つの尾のようなもので喰種を倒したあと、自分には何もせずに消え去った。その気になれば東堂を殺すなどできたはずなのにそれをせず、仕留めた喰種を持ち帰っただけだった。

「…オレにも分からんが、以前、あの黒猫に助けられたことがある」
「喰種にか?」

東京ほどではないが喰種に関するニュースは箱根でもたびたびある。それを今まで聞いたことがあるなら、東堂の話はにわかには信じられない。

「ああ。…といっても、結果的に助けられた、というだけかもしれん。あの黒猫はそのときオレを襲おうとした喰種を殺して、持って帰ったんだ」
「…喰種を、喰種が狩ったのか?」
「そう、なるな」
「なんのためにダヨ…薄気味悪ィ…」

荒北の言葉はもっともだ。しかし、東堂は翌日のニュースを見て、気づいた。あの黒猫は喰種を殺して、喰っているのではないかと。もしもそうなら、あの黒猫は今この状況では圧倒的に安全なものといえる。

「それに、いつまでも籠もってるわけにはいかねぇだろ。黒猫の喰種が負けてたら、ここも見つかっちまう」

新開の言うことは一理あった。喰種の生態など知らないが、人間ではないのだ。何かしらのサーチ能力があるというなら、ここに隠れているというのもすぐにバレる。

「…もう終わったから、出てきていい」
「!」

扉の向こうからしたのは、喰種…黒猫の喰種のものだった。
逡巡していると、ボゴォ!!と壁が壊され、粉塵が舞い上がった。目を閉じ、むせていると瓦礫を踏みながら中に入ってきた、黒猫の喰種。

「こんな籠城じゃあすぐ突破されるから、早くしろ」

右手に血を滴らせながら低い声でそう言われれば、反抗のしようがない。それに、とたまたま喰種が入ってきた場所の近くにいた荒北は思った。

(さっきの奴にあったヤベェ臭いが、こいつからは確かにしネェ…)

そう思いながら福富を見る荒北。福富はその視線を受けて頷き、黒猫喰種に尋ねた。

「何か持っていったほうがいいものはあるか?」
「まぁ、ここにはヘルメットくらいしかねーんだけどな」
「いらない。あんたらが乗ってる自転車があればそれに乗ってさっさと街までいけっていうけど、自転車置いてるとこまで少し遠いから、」

はたと、黒猫喰種が喋るのをやめたが、遅かった。荒北の目が、疑惑で満ちる。

「…ずいぶんとまァ、ここに詳しいみてェだなァ」

詳しい理由。
ここに以前から目を付けていた、か。それか、

「オメェまさか、ここの生徒とか教師とかか?」
「…答える義務はない。さっさとして。…やばいのが残ってるから」

黒猫喰種は背を向け、軽々と瓦礫を飛び越えていく。東堂たちは顔を見合わせ、続く。

「…とりあえず、あいつは一応信じてはよさそうだな」
「ああ。今の荒北の探りをいれた発言にも、余計な脅しはしてこなかった」
「オレらに妙なことはしてこねェってのは、信じて良さそうだな」

福富たちが出した結論に、東堂は胸をなで下ろした。これで信用ならないとなったら、喰種対策局が来るまで人間だけでどうにかしなくてはいけなくなるのだ。そうなるくらいなら、目の前の黒猫喰種のほうがましだと、福富たちも思ったのだろう。

「あっ。なぁ、ウサ吉つれていきてェんだけど」
「無茶言うな、唇。…ところで、ハトには連絡したの?」
「アァ?ハトォ?」
「喰種対策局」

尾赫で壁を壊し、最短ルートを作って進んでいく黒猫喰種。東堂たちが越えやすいようにしてくれているのか。瓦礫は比較的、細かく砕いていた。

「うむ、した」
「なら、学園でたら走れ。ハトはすぐくる。…そうなるとやっぱり、」

外へと繋がる壁を壊す。そこは学園の入り口へのルート…ではなく、

「足があった方が、いい」

東堂たちが愛車を置いてる場所に向かう、ルートだった。

黒猫喰種が先頭を行き、喰種の気配が近くにないのを確認してから進んでいた。幸いにしてスムーズにたどり着いたため、東堂たちはそれぞれの愛車のロックを手早く解除する。しつつ、福富は呟く。

「…静か、だな」
「たぶん、ほかの連中は喰われてる」

しれっと、黒猫喰種は答える。当たり前のことのように。しかしそれは、東堂たちには受け入れがたく、ショックなことだった。

「はっ…?」
「どういう、」
「意味かって?簡単なこと。確実に助けられる人数だったあんたたちだけを、助けることを私は選択しただけ」

新開、福富、荒北…そして、東堂の顔を見てから、黒猫喰種は言う。

「…さっさとして。私はハトとも、もう一人の喰種ともやり合いたくないの」

そう言うと東堂たちに背中を向け、辺りを警戒しなから正門へと歩き出す黒猫喰種。
その華奢な背中を見ながら、東堂たちの胸に、「生き残っている人間は自分たちだけかもしれない」という事実が、重石のようにのし掛かってきた。




20140405
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