昼休みのあと、シオンはだいたい授業をさぼる。そして屋上にいるのだが、ある噂を聞いた東堂は、昼休みももう終わるというのに、屋上に向かって走っていた。
最後の一段を登り切り、観音開きなその扉を思い切り開けて、目当ての人物の姿を探す。

「…扉開けるのも騒々しいね、東堂」

なんてことない、いつものように缶コーヒーを飲んでいるシオンを見て、東堂は顔を歪めた。それはまるで、親から捨てられそうな子どものようだったから、シオンは思わず困ったように笑った。

「あれでしょ。私が、転校するって、話」

東堂がさっき聞いた噂を、本人が口にした。ということは、事実らしい。東堂は唇を噛みしめ、大股でシオンのもとに駆け寄る。

「っ、そうだ!なぜ、オレになにも、」
「言ったらそんな顔するからだよ。それに、」

さよならは苦手なんだよと、シオンは初めて東堂に微笑んだ。
二年目の付き合いで、初めてみたその微笑。柔かで綺麗だったが、…とても寂しいものがあった。

「そんなの!当たり前だ!得意な奴がいるわけがない!オレも…」

東堂は逃がさないようにとシオンの肩を掴んだ。いつもそんなことをすれば無理矢理払われるが、今日のシオンはそんな行動をとる様子がない。むしろ、泣きすがる子どものような東堂を受け入れようとしているように東堂には見えた。

「オレも、シオンに会えなくなるなんて、」

情けないと思った。18にもなって、感情がうまくコントロールできなくなり、高ぶるままに涙腺が緩み、口をついてでたのは、

「いやだ…シオンが、好きなのに…!」

こんな駄々をこねるように言う予定ではなかった言葉を、口にしてしまった。
そう思いながら、縋るようにシオンの肩に頭を預け、涙を堪えた。
そこにいるのは「山神 東堂尽八」ではなく、一人の少女への恋心に揺れる、一人の青少年だった。

「…東堂」

シオンは缶コーヒーを置いて、東堂の頭を撫でた。さらさらの黒髪を優しく撫でられ、東堂は手を移動させ、シオンの背中に回して抱きしめた。よりいっそう、縋るような行動になる。抱きしめられながら、シオンは東堂について考える。

(…普段あんなに自信満々な東堂を、私はここまで追い詰めたのか)

表に出してないだけで、東堂はシオンの言葉や態度に傷ついていたのだろう。だから、突然シオンがいなくなると聞き、こんなにも揺れているのかもしれない。
遠ざけるための言葉は、こうやって彼を傷つけていたのかと、今更噛み締める。

「…ねぇ、東堂。私、来週いなくなるんだけどさ」

腕の中の東堂が、ぴくりと反応した。そして、ぎゅうっと回した手の力を強めたから、苦笑しながらあやすようにぽんぽんと背中を撫でてやる。

「あんたの部活が休みの日、その時間を私にくれるなら…」




四方に手伝えることは手伝ってもらった。家具やら何やらはもう取り払い、冷蔵庫と少しの食器と、ベッドと卓袱台くらいしかなかった。

「…あとは、どうするんだ?」
「業者に頼む。こっちにいるのはあと少しだから、これだけで過ごすよ。ヨモさん、ありがとう」

へらっと笑いながら、シオンは四方に礼を述べる。四方は表情でそれに返すことはしないが、付き合いの長い妹分のようなシオンの頭を軽く撫でた。

「しばらく箱根にいる。 何かあったら、呼べ」
「はーい。…おやすみ、ヨモさん」

玄関で四方を見送り、時計を見るシオン。約束の時間まで、あと30分。
律儀な男だから、五分前にきそうだと思いながら、シオンはベッドに倒れ込んだ。


今夜、一線を越える覚悟をした。




20140404
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