「喰種」。
人を食らう、亜人である。人間からすれば忌むべき敵であり、事実喰種に関しては厳しい社会と法律であり、その対策局が設けられているくらいに社会に駆逐すべき害悪として存在していた。
喰種は日本では主に都市部に多く見られ、東京23区では対策局と喰種の戦いやら、喰種が餌として人間を狩っていたりやら、「餌場」を巡って喰種同士が殺し合っていたりやらでなかなかに物騒だ。対策局の情報統制や箝口令で一部は隠されているが、喰種にはそれがあまり効果がない。喰種たちにはそれぞれに横のつながりないし縦の繋がりがある。情報交換は、生き残るうえで必要なことだ。こと、力のない喰種にとっては。

喰種が都市部に多いのは、人や対策局に気づかれるリスクが高い反面、人が多いからこそ紛れやすいというのもあった。田舎で「妙なこと」をしていれば、すぐに噂になりやすい。…のと、人口が減ってきている地域では、餌の入手が困難になっているのもある。
また、仮に田舎から都市部へ、都市部から田舎に行こうとしてもそれはなかなか難しい。よほどのツテがない限り、厳しい。一時的に行き来なら旅行としていけるが、移住となると厳しかった。特に戸籍を得て生活していた者だと、色々とめんどうなことになるのだという。事実、そうやって「引っ越し」として戸籍ごと移動していたバカな喰種が怪しまれ、対策局の人間に狩られたのだ。

そして幸い、彼女…火野シオンにはそのツテがあった。
その経緯は割愛するが、逃げ出すにあたって通った「24区」で母親を狩られ、命からがらで逃げ出した。神奈川県の協力者に助けを得て、きれいな戸籍「火野」を与えられ、東京から離れた箱根で今は「普通の女子高生のふり」をして生活している。
ばれないのは寮生活をしていないからというのと、餌は自殺者の死体と、協力者からの援助でなんとかなっているからだろう。ただし、それでも人間のふりを続けるのは大変だった。
特に食事である。喰種と人間の舌の作りは異なっており、人間の食事はまずく感じ、無理をして食べれば喰種を弱らせる。唯一平気な人が口にするものは、水とコーヒーくらいなものである。だから人のふりをし、人の社会に馴染むためにはまず、食事の仕方の訓練がある。シオンもそれを受けたがかといって全ての食べ物に対応できるわけではなく、学校では主にジャムパンを食べて過ごしていた。それが一番、シオンにとって「食べやすかった」。普通の人間から見れば、不健康極まりない食事だろう。しかし人と交遊を持とうとしなかったシオンに、一年間はそれについて苦言を呈す人間はいなかった。

二年生になってから、でてきたのだ。そういう、変人が。
最初は適当にあしらっていた。なぜならその人物はとても女子にモテているうえに、やかましく世話焼きで真っ直ぐだったからだ。しかしその人物はシオンがあしらえばあしらうほど心配してきたため、ついにシオンが折れた。
「パンだけだと?!その食事だと貧血を起こしたり、体調を崩すぞ!体は大事にしないとだめじゃないか!」という小言から始まり、なんだかんだでその関係が一年続いた。シオンはそれを知り合い以上友達未満な関係だと思っていた。

それをそのまま、「まぁなんかそんな微妙な関係だよね」と本人に言ったところ、彼…東堂尽八はかなりショックを受け、そして拗ねた。
意味が分からなかった。シオンはそれを違う言葉に変えて、口にする。

「拗ねるな東堂うざい」
「なんなのだ、その態度…!オレは一年もシオンを心配して、そばにいたというのに!せめて友達と思っていてくれたって、いいじゃないか」

柳眉をさげ、そして大仰に嘆きなからシオンに不満を訴えてくる。
反応こそ東堂は大げさだが、しかし普通の反応をしているのは東堂だ。そうだと分かっていても、シオンは東堂を友達として認識しようとしたがらない。

「……」

少し思い返そうとしたが、鼻と耳のいいシオンは、覚えのある足音と匂いを捉えた。しかし、気づいてないかのように振る舞い、まだ何か訴えてくる東堂の話を聞き流している。
匂いと声の主は相変わらずパワーバーを食べてるらしく、もごもごさせながら東堂に声をかけた。

「尽八、おめさんのことを担任が探してたぞ」

バナナ味のパワーバーを食べながら声をかけてきたのは、新開隼人だ。東堂と同じ部活に所属していて、赤茶の髪と厚めの唇が特徴だ。

「む、そうなのか?すまないな、新開」
「たまたま職員室通りかかったからな」

その隙にこそっとその場を去ろうとしたシオン。しかし東堂は、目ざとく気づくのだ。

「あっ、待てシオン!話はまだ終わってないぞ!」
「うっさい、さっさと職員室いけ」

鬱陶しそうにそう言いながら、シオンは図書室のほうに向かっていった。東堂はその背中に濃い拒絶の色を見つけ、がくりと肩を落とした。
パワーバーを食べながら、新開はその肩を軽く叩いた。

「あんま落ち込むなって。火野さんがまともに話す同級生なんて、おめさんくらいなんだからさ」

新開の慰めも、今の東堂にはあまり響かなかった。




20140403
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