シオンは人目を避けながらとあるルートを通って24区へと逃げ込み、しばらくそこで身を潜めた。共食いや捜査官を食うことで生き長らえて、四方や芳村がいる20区へたどり着いてしまい、彼らが保護してくれた。その時に馴染みのトーカと再会し、金木研と出会った。不思議な匂いをさせる彼は、喰種の組織に攫われ、「変わった」。
そんな彼と、大嫌いな月山習、万丈数壱と彼の仲間とヒナミという女の子と、シオンは行動を共にしていた。
月山以外と集団生活…それも喰種とするのは初めてのことだが、慣れてくれば楽しいものだ。万丈たちはまともな神経の持ち主だし、ヒナミはかわいい。金木も普段は穏やかで優しい読書好きな青年だ。…少し責任感が強すぎるのか、優しすぎるのか。気を張りつめている金木は、出会った頃とあまりに変わっていた。だからシオンは、金木についていったのかもしれない。


「シオンお姉ちゃん、ひなみも洗濯物畳むの手伝うよ」

金木についていって色々調べたり戦うこともあったが、今日はひなみとお留守番だった。日用品の買い出しをして、洗濯物を取り込んでいたらヒナミがそう申し出てきてくれたので、その言葉に甘えてシオンはヒナミと洗濯物を畳んでいた。

「この間、お姉ちゃんが買ってきてくれた本おもしろかったよ」
「本当?よかった。恋愛の短編集だったよね」
「うん」

ヒナミは嬉しそうに笑った。ヒナミの本の趣味は金木に近いが、そういった類の本も好きらしい。女の子らしくてかわいいなと、ほのぼのしながらシオンはタオルを畳む。

「お姉ちゃんも、恋したことあるの?」

純粋な目で、期待を込めた表情で、ヒナミがそう尋ねてきた。「…女子だ、 これは恋バナに飢えた女子の目だ」と戦慄し、シオンはヒナミから目をそらす。

「あー、あー、うん。どーかなぁ?」
「月山さんがね、お姉ちゃんは箱根で恋してたって言ってたよ?」
(月山殺す、絶対にだ)

あの変態はどこからそういう情報を仕入れてくるんだと呆れた。胸中で月山にボロクソに暴言を吐き捨ているシオンの前には、期待に顔を輝かせているヒナミしかいない。そんなヒナミに困ったように笑ってから、シオンは洗濯物を畳むのを続ける。

「そんなに楽しい話じゃないよ?」
「…お姉ちゃんが話すのやなら、聞かないよ」
「いや、ではないかな」

思い出す。
あのカチューシャをつけた、きれいな男のことを。
それだけで胸が締め付けられて、かきむしられるような感覚になるのだから重症だと、シオンは内心苦笑する。

「…あいつとはね、私があっちの学校に通ってたときに出会ってね、お節介焼いて…私が喰種だと知らないから、色々食べさせようとしてきたの。それじゃ栄養が偏るぞ、って」

聞き入る態勢になったヒナミ。
そんな彼女を見つつ、シオンは記憶の海から東堂との思い出をすくい上げる。






無理矢理手を引かれてつれていかれたのは、食堂だった。様々な食べ物の匂いがするが、シオンからすればそれらは異臭にしか感じられない。そんな場所にシオンを連れてきたのは、言わずもがな。

「さぁ、オレの奢りだ!好きなものを食べるといい!」
「いや、いらないし」

東堂尽八である。
ジャムパンばかりもそもそ食べている(ふり)をしているシオンを心配し、ここまで連れてきたのだ。シオンはごねたが、本気で抵抗したら東堂を傷つけかねないと思い、ここまでずるずる引きずられてきたのだ。

「ならばオレチョイスでこのスタミナがつきそうな肉丼セットを…」
「やめてください、死んでしまいます。…蕎麦、蕎麦かうどん」

つるっと飲み干せるものを頼めば、東堂は「肉か野菜を食べないか!」と怒ってきた。から、かき揚げ蕎麦で妥協した。そして東堂は焼き鯖定食にしていた。
向かい合うようにして席に着き、「いただきます」と丁寧に手を合わせて食べ出した東堂を見て、シオンも同じようにしてから蕎麦を啜る。…美味しいなんて思えなかった。かみ切って飲み干し、租借するふりをするが、口内にはとても食べ物とは思えないような味が残っていた。人間はこれをおいしいと啜るのだ。喰種からしたら、伸ばして細く切ったゴムを啜ってるようなものである。それくらい、喰種と人間の味覚は違う。かき揚げにしてもそうだ。さくさくした食感は悪くないが、油がオイルのように思え、衣だって粘土かなんかまぶしたの?と問いたいくらいだ。
そう思いつつ、いつも通り食べるふりをしていると、東堂が自分を見ていることに気づき、シオンは箸を止める。じーっと、東堂の迷いのない目に見られ、シオンは惑う。

「なに?」
「いや、箸使いがきれいだと思ってな。いつもジャムパンばかりだから、気づかなかったことだな」

嬉しそうに、愛おしそうに、表情を和らげながら東堂はそう言った。
それにむずがゆさを覚え、シオンは東堂から目をそらし、水を飲むことで自分を落ち着かせようとした。

「…別に、普通だけど」
「いや、正しく箸を持てる奴は意外と少ないぞ。シオンの親御さんは、そういったところまできちんとされていたのだな。オレはシオンの箸使いがきれいで好ましいと素直に思ったのだ」
「……もういい、分かったから」

喰種の自分の…いいところを、この人間は素直にきれいだと誉めて好ましいと、言った。
東堂がシオンは喰種だと知らないからこそ、言えたのだろう。
それでも、シオンは嬉しいと思った。
自分だけじゃなく、親のこともこのきれいな人間に誉められた気がして。

(…本当、あんたってずるい)

言えない言葉は、蕎麦を啜るときに一緒に飲み込んだ。



「…とまぁ、そんな感じかなぁ」

言い終わって恥ずかしさに襲われ、シオンは洗濯物を畳む手を早める。ヒナミの顔は、期待から驚きに変わっていた。

「お姉ちゃんの好きな人、人間だったの?」
「そう。…とっても、きれいな人間だったよ」

東堂尽八は、美しい人間だ。
彼が誇る見た目だけではない、その内面も。すべてがシオンにとって、きれいで眩いものだった。

「…お姉ちゃん、今もその人、好き?」

おずおずとヒナミが尋ねてくる。シオンは畳み終わった洗濯物を抱え、ヒナミを見て微笑んだ。

「うん、今も好きだよ。どうしようもないくらいに」

締め付けられ、かきむしられる。
その痛みが寂しさと恋しさからくることは、いやでも分かっている。だからこそ、再び出会えば自分は東堂のそばを離れたくないと願ってしまうだろうとシオンは思っていた。

(だから、会いたいけど会えないと思ってるんだよ、東堂)

東堂に泣きすがってしまう自分が容易に想像でき、シオンは自分の感情を奥底にしまう。
大切に、大事に、宝箱にしまうように。
いつか忘れてしまうかもしれないことだけれど、それでもシオンにとって東堂との思い出や東堂への感情は、彼女の原動力になっているのだ。

「さ、この話はおしまい。片づけようか、ヒナミ」
「…うん。…あのね、お姉ちゃん」
「んー?」
「ヒナミ、お姉ちゃんとお兄ちゃんのそばにいるからね」

そっと柔らかく微笑んだ年下の女の子。
柔らかくて強いものを持っているヒナミに、シオンは少し泣きそうになりながらせっかく畳んだ洗濯物を放り投げてヒナミを抱きしめた。

「…ありがとう、ヒナミ」


東堂。
会いたくてたまらないけど、でも、大丈夫。
ちゃんと生きているから、生きていけるから。
どうか、東堂も生きて。


届けられない思いも声も願いも、涙となって溢れてきた。




20140427
Title by THE BACK HORN
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