母親と見ていたのは、ホームレスの男だった。
今日は、「食事」をする日。

「シオン、お母さんがしてくるからここで待っていてね」
「…にんげん、たべるの?かわいそう」

母親は、困ったように笑いながら幼かったシオンの頭を撫でた。

「クモさんがちょうちょうさんを食べるように、私たちも人間を食べなきゃいけないのよ」
「でも、おかあさん。どうしてにんげんを食べなきゃいけないの?」
「決まってる。弱肉強食だから」

その問いに答えたのは、白い仮面をかぶったあの羽赫の男だった。いつの間にか目の前にいたはずの母親は、蝋人形のように崩れ落ちた。自分も、幼い頃のシオンではなく、18歳のシオンになっていた。

「強い奴が弱い奴を食う。だから俺は、あの男を食う」

男の手に、血にまみれた東堂のカチューシャがあった。シオンの目は、それを凝視する。

「弱い奴は食われるしかない」
「そう…なら、」




がぶっ、と、男の羽赫に噛みつき、食いちぎった。男はシオンはもう動けないと思っていたため、対応できずに一つ食いちぎられた。

「ぐっ、ぎゃあああああ!っの、クソガキ!!」

残りの羽赫でシオンを攻撃しようとしたが、シオンは再び全ての尾赫をだし、三つの羽赫を押さえつける。そのまま男を押し倒し、残りの羽赫にも歯を向ける。

「お前が、さきに食べようとしたんだ」
「あっ、あ!ひ、」
「だから、」

ぐちゅ、ぶちぃ!ぶちぶち!!

2つ目の羽赫を食いちぎり、シオンは飲み込む。
東堂は予想していなかった光景を目の当たりにし、動けなくなる。さっきまでのシオンの雰囲気とは、違う。東堂すら見えていないかのように、目の前の羽赫の喰種を「食って」いるシオン。何をすればいいのか最初から分からなかったが、東堂は、その光景から目をそらせなかった。ただ…遅かったと、東堂の中で誰かが囁いた。

ぐちゅ、ぶち…羽赫を咀嚼しつつ、尾赫で男の羽赫をしめつけるシオン。まずい、そう吐き捨てながら、最後の羽赫に食らいつく。

「お前に奪われる前に、奪ってやる」

最後の羽赫が、食いちぎられた。男は、仮面の下で血まじりの泡を吹いていた。シオンはぺっと、飲み込みきれなかった羽赫を吐き捨てる。八本になった尾赫を戻し、そしてゆっくりと東堂を見るシオン。東堂は、泣き出しそうな顔をしていた。 シオンはそんな東堂を見てから彼に背を向け、自分の仮面を拾い上げる。

「なんで、戻ってきちゃったのかなぁ…」
「…ぼろぼろじゃ、ないか…」

ようやく出てきたのは、その言葉だった。震える声で、情けなく。東堂はそれでも、シオンのもとへ行こうとした。彼女が、「何か捨ててはいけないもの」を捨てた瞬間を、見た気がした。だから、そばにいなければと思った。

「…来ちゃ、だめだよ…東堂」

弱い声音でだが、強く拒まれてシオンのもとへ向かう足が止まった東堂。シオンは仮面を手にしたまま、赫眼で東堂を見る。

「東堂、は、…被害者でなきゃ、いけない…。喰種捜査官に、保護されなきゃ…」
「なら、誰がシオンを守るというのだ?!」
「守んなくて、いいんだよ…だって、私は、…喰種だもの」

諦めたように笑ったシオン。東堂は唇を強くかみしめ、シオンを抱きしめた。じんわりと、東堂のジャージに血がしみる。ほとんど力のはいっていない、限界が近いシオンの体はふらふらで、今にも崩れてしまいそうだった。

「…東堂…汚れる…」
「構うものか…!シオンは、こうなるまでオレを、守ってくれたのに…!オレは、なにも…!」

東堂の腕の中で、シオンは意識がまどろみかけた。が、 ある気配をとらえて気力で体と頭を動かした。

「東堂、東堂…聞いて…。もう、少しで、ハトが、くる」

今、この状況…シオンが弱っているのに喰種捜査官が乗り込んできたら、どうなるのか。…想像しなくても分かることだ。東堂は青くなりながら、腕の中のシオンを見る。シオンはさほど焦った様子はなく、仮面を少しだけかぶっていた。それを見て、逆に東堂が焦った。

「ど、どこかに隠れ…」
「すぐ見つかるし…それじゃ、東堂が幇助したってことに、なっちゃう…それは、だめ」

法律では、犯罪者を匿うよりも喰種を匿うほうが罪が重い。東堂の経歴に、そんな血生臭いものを塗りつけたくないと、シオンは思った。東堂はそんなシオンを真っ直ぐ見つめながら、言う。

「構わん。シオンがそうしたように、オレも全てを捨てる」
「…ばか、東堂。よく、聞け」

シオンはいきなり東堂を押し倒し、その上に跨がった。東堂は目を見開く。そんな東堂にそっと微笑みながら、シオンは手を伸ばして東堂のカチューシャをとった。東堂はいつぞやの光景を思い出した。

「何度でも、言うけどさ…東堂は、ここでは被害者でなきゃ、いけない…」
「だが、シオンは加害者ではない!」
「さっきまではね。…これから、害ある喰種になれば、…あんたは被害者だ」
「…?!」

どういう意味だと目で問いかけてくる東堂。そんな東堂に、申しわけなさそうになりながら、シオンは言う。

「少し痛い思いさせる、ごめん…」
「シオン…?」
「それ…から、ね」

シオンは東堂に顔を近づける。そして、耳元でこう囁いた。

「お見舞いの時に持ってきてくれたジャムパン、おいしかったよ」

いつもなら吐いて戻していたジャムパン。しかしあのときは無理矢理胃の中に流し込んで、「食べた」のだ。

「ありがとう…東堂。…ごめんね」

がっと、東堂のジャージを開き、シオンは思い切り東堂の肩に噛みついた。ひゅっ、と東堂は息を飲んだ。みち、ぐち。それが自分の肩の肉が食いちぎられた音だと理解した瞬間、痛みと悲鳴が溢れた。

「っあ、あああああ!」
「…悲しいけど、やっぱりあんた、おいしいわ」

もう一度、シオンは東堂の肩に噛みついてきた。東堂は痛みと混乱に犯されつつ、シオンを見る。

「…!」

食いちぎった肉を咀嚼しながら、シオンは泣いていた。半端に仮面をつけていたため、涙が頬を伝っているのが見えた。

「…ぁ、シオン、」
「いたぞ!!あそこだ!!!」

突然、割り込んできた男の声。
東堂が痛みに震えながら声がしたほうを見ると、アタッシュケースのようなものを持った男が二人いた。シオンは仮面をかぶり直し、東堂から退いて逃げ出した。まるで、人から逃げる野良猫のように。

「逃がすな、追え!!」

生体認証を解除し、「クインケ」を取り出す喰種捜査官。シオンは壁を飛び越えて走り抜け、山へと逃げ込む。喰種捜査官も追いかけていく。しかし、東堂は、不思議と不安にならなかった。
シオンはきっと、見つからないだろうと。
そういう確信が、なぜかあった。

「大丈夫か?!…おい、衛生班をこっちにも回せ!!生存者がいたが、負傷している!!」

喰種捜査官の声を聞いていたが、東堂はぼんやりと考えていた。
彼女はあのカチューシャを持ったまま、逃げていったなと。
それを考えているうちに東堂の意識は微睡んできて、そこでそのまま、彼の意識は途切れた。




森の中を、駆け抜けるシオン。東堂の肉を食べたからか、少し回復している。

(私は、あんたに生かされたんだよ、東堂)

出会ってから、ずっと。
そう思いながら仮面の下で涙をこぼしつつ、持ってきた東堂のカチューシャを落とさないようしっかり握りしめた。

捜査官が追ってくる気配がするが、山道だから苦戦しているようだ。包囲網を作った方がいいと、支局に連絡しているらしい。包囲網ができる前に、逃げ出してやる。

(生き延びて、やる)

自分の血肉の一部に、東堂のものが混ざった。
それだけで、生きようという気力になれたのだ。
シオンは強く、地面を蹴った。



捜索包囲網が作られたが、それに黒猫の仮面の喰種が引っかかることはなかった。箱根喰種対策局は結局、黒猫喰種が殺した喰種三兄弟の後始末などをするために出たような形になり、世間から相当バッシングを浴びた。
そして箱根学園では亡くなった生徒や教師の死を悼み、生徒たちの中には強いショックを受けた生徒もいて、カウンセリングなどがしばらく行われた。…そんな日々だったから、火野シオンという生徒が転校したという事実は、誰も気にもとめなかった。




20140411
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