「む?!なんだその昼の少なさは?!」

ジャムパンを教室で食べていたら、いきなりそう声をかけられたシオン。声をかけてきたのが、東堂尽八というよくも悪くも人目を引く男だったため、シオンは思い切り顔をしかめた。

「……」
「無視?!無視はよくないぞ、火野シオン!その食事内容もだが!」
「…うるさい」
「うるさくはないな!ほら、これを食べるといい!パワーバーといってだな、高カロリーなものだが、ジャムパンひとつよりましだ!」

取り出したパワーバーをシオンの机に置く東堂は、シオンの意見を聞くつもりはないらしい。あとで処分しようと思いながらジャムパンを食べ終わったシオン。消化する前に吐き出さなきゃと思っているのだが、なぜか目の前の男はいなくならない。怪訝そうにしているシオンの前で、東堂はパワーバーの封を切り、

「さぁ、食べるのだ!」
「?!」

シオンの口にねじ込んできた。…パワーバーは、その独特の食感から苦手とする人間がいる。喰種のシオンからしたら、その食感の不愉快さはたまらなかった。 だから本当はすぐにでも吐き出してしまいたかったが、

(こいつ、まさか私が食べ終わるまでいるつもりじゃ…?!)

と思ったため、とりあえず一口なんとかかみちぎった。そして戻したいのを堪えながらなんとか飲み込み、買っていた水で口をゆすぐようして水を流し込む。

「初めての食感に戸惑ったのか?でも、食べたな!えらいぞ!」

まるで自分のことのように誉め、笑った東堂。げっそりしたシオンだが、東堂のその笑みは忘れられなかった。







突然、東堂がブレーキをかけて止まった。
新開がすぐに気づいたが、福富もそれと同時に止まった。東堂は俯き、唇を引き結んでいた。

「…東堂、」

福富は声をかけたが、かける言葉はでてこなった。まだ、福富も混乱していた。学校は喰種に襲われ、そして喰種に助けられて逃げ出せたが、その喰種が同級生だったという事実。そして、自分たちは彼女を置いてここまで逃げてきたという、現実。
スポーツでメンタルは大事だ。だから彼らのメンタルは強い。強いのだが、こういったことにまで対応し、割り切れるかは別だった。
福富だけではない、荒北と新開も、同じだ。
特にシオンと親しかったわけではない。顔見知り程度の関係。それでも、喰種である彼女が自分たちのために、命を張った。人間である自分たち…東堂のために。

「…東堂、いつまでもウジウジ考えるなヨナァ…」

口を開いたのは、荒北だ。しかし、彼は東堂を見て、それから先は言えなかった。アスファルトを見つめ、自分を含めた全員に向かって、彼は吐き出した。

「オレたちが今更戻ったって、…なんにもできねェんだヨ…!」

シオンが喰種だと知っても、守られたという事実には変わりなかった。動揺と混乱はあるが、その事実だけはいやでも受け入れられた。
シオンは東堂たちを生かすために他…自分さえも捨てたのだと。
命を踏み台にして、自分たちはここにいるのだという事実は、まだ18歳である彼らには重たかった。

「…シオンは、オレに言ったんだ」

ぽつりと、東堂は話し出す。東堂が思い出しているのは、シオンと過ごした日々、シオンが言った言葉、シオンの表情。

「もしもオレがシオンを選ぶなら、オレはシオン以外のすべてを捨てなければいけない、と」

その時、東堂はその真意が分からなかった。遠くに引っ越すから、そう言っているのだと思った。しかし、今、その真意を知った。

「そして今…シオンは、オレたちのために、オレたち…オレ以外の全てを、捨てようとしている。…オレは、それが、耐えられそうにない」

涙をこらえながらも、福富たちを見つめてから方向転換する東堂。その背中に、荒北は叫ぶ。

「死ぬかもしれねーのに、テメェはその他を捨てて死んでるかもしれねー火野をとるっつーのかヨ!? 」
「ああ、とる!それにオレは、シオンならば生きていると信じている!!」

東堂はクライマーで、本気で登れば誰も追いつけない。止めるのは今しかないが、誰も言葉が浮かばなかった。

「ただ、そうだな。もしものときは巻ちゃんに伝言を頼む!…決着をつけられなくて、すまなかったと!」

「眠れる森の美形」。
彼は静かに、道を登って戻っていく。速く、静かに、彼女がなにもかもを取りこぼしてしまう前にと、彼はペダルをこぐ。

「…オレ、喰種対策局に連絡入れ直す。そうすりゃ、尽八は助かる確率があがる」
「…火野は、」
「…尽八の言葉を信じるなら、火野さんは生きてる。だから、逃げ延びてくれると信じる」

新開は携帯電話を取り出し、インターネットで箱根の喰種対策局の電話番号を調べる。仲間を生かすためにできることは、どんなことでもしよう。そう考えながら、見つけた番号に電話をかける。
逃げそびれた友達が、いる。と。
その電話で喰種捜査官が、急かされればいいと願いながら。
本当は、シオンも救ってもらいたかった。しかし、シオンは喰種だ。喰種捜査官に狩られてしまう。だから、願うしかない。
シオンが、逃げ切れることを。




「っ…は…ぁ」
「逝きそう?」

シオンはゆっくりと肋を踏み砕かれる。声をあげるのさえままならない。骨が肺に刺さったのか。また血がこみあげてきて、シオンは咽ぶ。
赫眼は虚ろに、 青い空を映している。羽赫の男の声も、聞き取りづらくなってきた。
尾赫も出せなくなり、シオンは弄ばれて「ずたぼろ」にされていた。 男はシオンの髪を掴み、顔をあげさせた。

「違った。逝きたい?」
「……」

シオンは血まじりの唾を、男の顔…仮面に向かって吐き捨てた。さきほどまで虚ろだった赫眼は、バカにしたようなものを男に向けていた。

「っそがき」
「ぅぐっ!」

髪を掴んだまま、シオンの顔を地面に叩きつける。衝撃に、うつろな視界がぐらぐら揺れた。男は手を放すと、校門の方を見つめた。

「なぁ、ほら。誰か戻ってきてるけど」
「…?!」

飛びそうな意識を叱咤し、全神経を聴覚に向ける。確かに、誰かがこちらにくる気配と息づかいがあった。…覚えが、あった。

「…と…どう…」

なんで、どうして。
逃げて欲しかったのにと思えば、シオンの赫眼は潤んだ。男はそれを見て、指を鳴らした。

「さっきの奴らの誰かだろ?なら、お前の目の前でそいつ食ってやろうかな」
誰が、誰を食うと?

思考回路が鈍っていたシオンがそれを理解したとき、校門から東堂が入ってきた。男が、羽赫を出す。
東堂は男とシオンを見て、愛車を乗り捨ててシオンのもとに向かおうとした。

「射程範囲内に、ようこそ」

愉しげな男の声を聞いたとき、シオンの中の何かが音をたてて切れた。




20140411
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