ああ、ついにバレてしまった。
そう思ったシオンは、箱根学園自転車競技部の、福富、荒北、新開…そして、東堂を見る。みんなの表情に驚きが強い。…そんな中、東堂はどこか泣きそうで、それでいて…でもその中にどこか納得にも似たものを感じたから、今まで気づかれていたのかななどと悠長に考えていたが、体は動いていた。
この空気だったからこそ、できた。東堂たちの反応を見て、シオンが彼らの関係者でしかも喰種だと今知ったという空気を感じ取った羽赫の長男は、シオンの心をへし折ったつもりでいた。だから、尾赫で羽赫の長男の腕をへし折った。

「ぐっ…がぁあああ!」

羽赫の長男は、完全に油断していた。シオンは起き上がり、だめ押しで蹴り飛ばしてやる。羽赫の長男が体勢を立て直す前に、シオンは東堂たちを見た。赫眼で彼らを…東堂を見るのは、初めてだった。未だ戸惑っている彼ら。その中でも、東堂だけを見つめてそっと微笑んだシオン。柔らかく細められた、赫眼。東堂は、目を見開いた。しかし、すぐにシオンは目を羽赫の長男に向ける。羽赫を、出していた。

「…逃げろ!!」

東堂たちに叫ぶように促し、シオンも尾赫を四本出して長男へと向かっていく。腕をへし折られ、さらに弟たちを殺された男は、シオンへの殺意と憎悪に満たされていた。羽赫の遠隔攻撃は、厄介だった。しかも、シオンではなく、東堂たちを狙っている。陰湿な男だ。そっちの方がシオンにダメージを与えられると分かっているのだ。羽赫の遠隔攻撃をシオンは尾赫で何とか凌ぐ。

「…っ、行くぞ!!」
「フク!待て!シオンを、置いていけというのか?!」

福富は前を向いている。荒北も倣うが、しかし、気にしてはいる。新開もそうだ。東堂の次に…比較的にだがシオンと関わったことのある新開も、後ろ髪が引かれるものがあった。

(…っでも、)

自分たちがいて何ができるのか。どころか、いたら足手まといだ。現に今、シオンは自分たちとその進路を守るために防戦しているのだ。学園をでてからの坂道を下れば、自分たちは安全に逃げられる。それが速く行われれば行われるほど、シオンへの負担が減るはずだ。…福富は、即座にそう判断したのだ。新開もその考えにいたった。荒北は、福富の考えをすぐ理解した。

「…尽八、いくぞ!」
「?!新開!」

新開は東堂の腰を掴み、ペダルを回す。
校門まであと少しなのだ。無理矢理でも、引っ張っていく。東堂は、ブレーキに指をかけようとした。

「しかし、」
「東堂!!」

呼ばれ、振り返る東堂。
そこには、当たり前だが―尾赫で羽赫の攻撃を防いでいる―シオンがいた。シオンは、また微笑んだ。

「…あんたが生きててくれれば、いいんだよ」
「…っ!」

東堂は、唇を噛み締めた。震える指先はブレーキから離れ、東堂の足はしっかりとペダルを踏む。そして、前を向いて、

「オレは!お前が本当に好きなんだ、シオン!!」

涙を堪えながら、そう叫んだ。そして、ペダルをこぐ。

シオンは最後の告白を聞きつつ、羽赫の長男を迎え撃つ。遠距離攻撃は、目くらまし。
跳躍し、シオンの頭上をとった羽赫の長男。 シオンは尾赫の防御を崩さず、そのまま受け止める。痛烈な跳び膝蹴りで、ビリビリと四本の尾赫が痺れる。即座に尾赫の守りを崩し、攻撃を返す。長男はぐっと踏みつけて空中で体勢を整え、再び羽赫の攻撃を放つ。中距離の攻撃。中距離に向いた尾赫だからこそ、凌ぎきれた。

(っとにこいつ…戦いにくいし、羽赫使うタイミングとかうますぎる…!)

羽赫はスピード型だ。短期決着がつきやすいのだが、それは逆に持久力のなさを物語っている。しかしこの羽赫の長男は、決定的な瞬間や先ほどのように多勢のときしか使わないのだ。これが相性のいい尾赫相手だからかもしれないが、羽赫の割には長く戦えるタイプなのだというのは痛いほど分かる。(さっきまで人を食べていたからエネルギーがあったのかもしれない)
相手に舌打ちしつつ、相性も悪い上に決定打もないシオン。しかし、打ち勝たなければいけないわけではない。
シオンは、耳がよかった。下から喰種対策局の車が来ている気配をかすかにだが感じている。それに東堂たちが合流できればよかった。
それまでの時間稼ぎ。それが今のシオンがやらなければならないこと。羽赫の長男もそれを察したのか、気だるそうなため息をついた。

「…お前さぁ、俺の弟たちは殺しといて、自分のもんは奪うなとか虫がいい話だよなぁ」
「……」

思ったより、冷静な口調だった。シオンはいぶかしみつつ、応じる。

「そっちが襲ってこなければ、私だって戦ったりしなかった」
「ま、そりゃそうか」
「…それに殺気立ってるかと思った」
「それとこれとじゃ話は別だ。お前ぶっ殺したいけど、結局は弱肉強食だ。奇襲かなんかは知らーねど、あいつらはお前に負けた。突き詰めればそれだけだ」
「……」

さすがに徒党をまとめていたというだけある。理知的な考えもできるようで、割り切るところは割り切れるらしい。

「でも…あいつらは母親こそ違ったけど、俺にとっては大事な家族だった」

不意に、空気が変わる。
冷たく、張り詰めた空気。
怒りと憎悪と、…悲しみとが混ざったそれは、次第に殺意へと変わっていく。

「だから俺は、お前をずたぼろにしてやる」
「…っ」

「どういう意味」でずたぼろにされるのか分からなかったが、シオンは尾赫を構える。対し、羽赫の長男は羽赫を出していない。時間稼ぎのために動けばいいシオンは、必要以上に自分から動かない。それにさっき羽赫の攻撃を凌ぎきったとき、この四本は相当なダメージを受けていた。下手に挑みにいけば、温存している五本を出さざるを得なくなる。それは、勘弁したかった。逃げる為に残しておきたかった。
目の前の男がどうでるのか予想しつつ身構えていたシオンに、

「お前さ、人間のふりして、人間に紛れて生活していたわけ?」

質問を、投げかけた。
シオンは目を丸くし、目の前の敵を凝視する。

「…は」
「さっき、一人お前に向かって好きだとか叫んだな。すげぇうまく、騙してたんだな」
「…うるさい」

この男の言うとおりだ。シオンはみんなを…東堂を騙していた。打ち明けることなど、できなかった。
男は、嗤う。

「そりゃそうか、だってバレたら拒絶されるもんな」
「……黙れよ」
「なぁ、あのさ。そうやって人間のふりして紛れてさ、ちょっとでもまともな気分に浸れたのか?」
「…黙れ」
「ああやって“人間”に好きだって言われて人のそばにいたら、きれいになれたような気がしたのか?」
「うるさい!黙れ!!」

堪えきれなかった。
脳裏にちらつくのは、東堂といた時間。
この男はそれを、嗤っているのだ。

全部の尾赫を出し、シオンは男に襲いかかる。 男は、羽赫を出す。それはさっきまで使っていた一つの羽…じゃなかった。
四翼の、羽赫。
それから放たれる、超高速の攻撃。
近距離でガトリング攻撃を受けた…それほどのダメージと衝撃が、シオンを襲う。
相性の悪い赫子からの攻撃は相当痛く、しかも治りも遅い。先に使っていた四本の尾赫はすでに使い物にならず、ガードすらままならない。五本の尾赫でもいなしきれず、男の羽赫の攻撃はシオンを抉っていく。
腕が、腹が、太股が。貫かれていく。
こみ上げてきたのは、血液の塊。
堪えきれずに吐き出せば、それが合図だったかのように、シオンの体は崩れ落ちた。

「きれいになったつもりかもしんないけどさ、」

一本の尾赫を、男は掴んだ。

「結局そんな気になっただけでさ、きれいに生きるなんてできねーんだよ、“喰種”は」

そのまま尾赫を引っ張り、羽赫でえぐり取った。

「ひっ、ぁ、がぁあああああああ…!」

人の悲鳴とは、思えなかった。獣のような悲鳴だと、シオンは自分でも思った。
男は仮面をあげ、引きちぎったシオンの尾赫に噛みついた。

「うぇ…まっず。…あーあ、ほら。きったねぇなぁ」

一口だけかじった尾赫をシオンの横に放り投げた。
シオンはそれをぼんやり眺め、じわじわと自分の命が終わりへと近づくのを感じていた。




20140410
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