無言が、続いた。
東堂たちは無心で自転車をこいで、正門まで向かっていた。それに平然と足でついてくる黒猫喰種。やはり、喰種は化け物だと再認識させられた。
しかし、東堂は、この黒猫喰種に対してそういう認識をするのがいやだと思ってしまった。先頭をいく福富のそばを駆けているその華奢な背中は、東堂にシオンを思い出させた。

(…今日が、休日でよかった)

引っ越し作業に追われているであろうシオン。今日が平日の登校日だったなら、彼女が恐ろしい目にあったりしたかもしれないのだ。それだけは、東堂にとって不幸中の幸いだった。

「…一つ、いいか」
「内容による」

福富が質問をすることは許可するらしい。
福富はペダルを緩めることなく、質問を口にする。

「喰種はあと、一匹しかいないのか」
「そう。あいつら、箱根では3人で行動してるらしい。二人は、殺したから安全。…残った一人が、一番厄介なんだけども」
「厄介?」

黒猫喰種は、小さく頷く。

「相性の問題もあるけど、…小手先が通じなさそう」

赫包が9つあるが、それを使いこなせているのかということと、それを使ったうまい戦いができているかは別の問題だ。黒猫喰種は己の9つの尾赫を未だフルでちゃんと使いこなせたことがない。
この間の喰種のときの9つの尾でたこ殴りにしたのは、それこそ「決定打に欠けるが故に手数で押し切った」ようなものだ。
本来なら好戦的ではなく、戦い方を四方から仕込まれたとは思えないくらい戦うのが下手なシオンは、不意打ちやだまし討ちが得意だ。さっきの鱗赫の次男も、尾赫が複数以上あるということを隠してなければ、倒せなかったかもしれない。鱗赫の次男も二つ赫包があるようだったが、相性と数の力と、その数の力を隠していたことでシオンは戦闘能力においては格上である鱗赫の次男に勝てたのだ。
しかし、残っているのは羽赫の長男。9区において組織を作り、まとめていたような喰種だ。次男よりも強いだろう。そして羽赫は尾赫にとって相性が悪い。はち会ったら負けるなと、シオンは考えていた。

「だから遭遇したくない。あんたらが安全なとこまででたら、私もさっさとトンズラかましたいくらい」

そうしてようやく、その時が来そうなのだ。正門まであと少し、そして下り坂をあとは下れば、恐らく喰種捜査官と合流できる。そこまでが人間である東堂たちの安全地帯だ。
ここに至るまでほぼ死体がなかった。ということは、残りの喰種はこちら側にまだ来てないということだろう。…休日の今日、人間がいたのは、校舎や体育館やグラウンド、などで部活動をしている生徒や休日出勤の教師たちくらいだ。こちらにはほとんど人間の気配がなかったから、こなかったのだろう。

「…オレからもひとつ、いいか?」

その華奢な背中に、東堂は投げかける。黒猫喰種は間をおいて、頷く。
何かを逡巡したかのような黒猫喰種の様子は、やはり東堂にシオンを思い出させた。

「お前はなぜ、オレたちを助けたのだ?」
「…言ったでしょ、確実に助けられるからって」
「違う。そもそも喰種だというなら、人間はその…食べ物、なのだろう?しかも襲ってきた相手は喰種だ。なら、こんな仲間の怒りの買うようなことをしてまで、オレたちを助けるのは、メリットがないだろう」

それは東堂以外も思っていたことだ。一番の、気がかり。正門を抜け、喰種捜査官と合流したら、二度と答えの得られない謎。
黒猫喰種はため息をついた。

「あいつらは同族だけど、仲間意識はないよ。それに、基本的に私は人を襲って食うなんて、しないししたくない」
「したくない?」

黒猫喰種は一度黙り、不意に尾赫を出した。荒北たちは身構えたが、黒猫喰種はそれを揺らめかせるだけである。そして、荒北たちの反応を見て、諦念と羨望を滲ませながらこう言った。

「こんなにも汚い生き物だからこそ、私は人間が好きなんだろうね」

尾赫をしまおうとした黒猫喰種は、ついにその耳である気配を捉えた。

「…スピードをあげろ!!くるぞ!!」

しかし、遅かった。
肩越しに振り向けば、羽赫を出して攻撃態勢の白い仮面…羽赫の長男。羽赫はその羽のような形状の赫子を飛ばす。それは近、遠距離に対応していて、遠距離型の中には相当遠くまで飛ばしてぶち当てる奴もいるというのを聞いたことがある。今はまだ距離があるから狙うなら殿の東堂かと思い、黒猫喰種が尾赫を出して東堂を守りにいこうとしたが、放たれた第一の攻撃は進行方向を、そしてほぼ間をおかずに放たれた第二の攻撃は黒猫喰種を狙い撃った。
比にならない苦痛が走る。羽赫の長男の一撃は、強烈だ。右肩を大きく貫通され、黒猫喰種は倒れた。
…羽赫の攻撃は広く薄い弾幕のようなパターンが多い。事実、行く手を阻んだ攻撃は、それだった。しかしこの羽赫の長男は、それをあえて一点に集中させることで、破壊力を凝縮させているらしい。その攻撃は、黒猫喰種が反応できないくらいのスピードと威力をもって、黒猫喰種の肩を大きく貫いた。

「ぁっ…ぐぁあああああっ!!」

強烈な痛みに襲われ、黒猫喰種の視界が明滅する。右肩を押さえ、悶える黒猫喰種の姿を見て、東堂は自転車から降りて駆け寄ろうとした。が、

「俺もさぁ、気になってたんだよね」
「ぅ!」

あの、羽赫の長男が黒猫喰種の顔を容赦なく蹴り上げた。黒猫の仮面がはずれ、黒猫喰種は地に伏す。明るい色の髪が、砂利にまみれる。
羽赫の喰種は、なんてことない会話のように話を続けている。

「あ、俺鼻は利かないけど耳はよくってさ、お前らの会話とか自転車の音は聞こえてて。んで、さぁ。本当になんでこいつらだけ助けて、他の奴らには見向きもしなかったんだこいつって考えたわけ」

黒猫喰種が地に伏したまま仮面に手を伸ばせば、羽赫の喰種はその手を容赦なく踏みつけて…骨を砕いた。
一気に骨が踏み砕かれる耳障りな音と、黒猫喰種の苦悶の声が響き、東堂たちの絶望と恐怖を煽る。

「明らかにお前らより近い場所にいた1人をこいつは見捨てて、お前らを助けに行った。その行動の理由考えたらさ、もしかしてこいつ、お前らの顔見知りかなんかかなって」

ぴくり、と東堂が反応した。
脳裏に浮かぶのは、シオンの姿。
羽赫の長男は黒猫喰種の手から足を退けると、乱暴に黒猫喰種の髪を掴み、顔をあげさせた。砂利と汗にまみれたその顔は、

「で、どーなの?お前らの知り合い?」

目の赤い…赫眼状態の、シオンのものだった。




20140405
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