ただいまと帰宅したとき、いつもの元気な声はなかった。涙混じりであろう声で「お、おか…おかえりぃ…」と郁の声がした。何事があったのかと寿一がリビングに向かうと、ソファに叔母が座っていて、郁は叔母の膝に顔を埋めるようにして泣いていた。 「おかえり、寿一くん」 「…あの、何があったんですか」 苦笑しつつ、叔母は娘の頭を撫でている。 「ほら、郁。寿一くんが困っているわよ。ちゃんと自分で言いなさい?」 「ひぐぅ…」 ぐしぐし顔を拭いながら、郁は顔をあげる。随分と泣いていたらしく、目が腫れていた。叔母は優しく郁の頬を拭いながら腰をあげ、台所に向かう。どうやら今まで郁を落ち着かせようとしていたらしい。 福富はソファに腰をおろし、郁を抱き上げて膝に座らせてやる。 「どうしたんだ?」 「じゅ、じゅいちちゃん、うそつきじゃない」 「…話が見えないんだが」 泣きじゃくりながら言う郁の話をまとめると、郁と昔、大きくなったら結婚するという約束をしたという、まぁ割とありがちな話を幼稚園でしたのだという。すると男の子が、そんな年が離れてるなら結婚できないだとか言ってきて、揉めたという。 「そ、そのときにた、たいちくんが、できもしないやくそくしてるじゅ、じゅいちちゃんが、うそつきって…。ひどい、こと…!」 また感情が高ぶってきたのか、郁は激しく泣き出した。涙と鼻水で、顔がひどいことになってる。いつもはにこにこと福富の側にいるのに、この小さな女の子は福富のことでこんなにも涙するのだ。 「郁」 「ん…?」 ぐすぐす、ごしごし。目をこすり、鼻をすすりながら、福富を見上げる郁。腫れて痛々しいその瞼を優しく撫でてやる福富。 「オレが今までお前に嘘をついたことがあるか?」 「…ない」 はっきりと答えて、福富に抱きつく郁。抱きついてきた郁の頭をそっと撫でる。 「だから安心しろ」 「…およめさんに、してくれる?」 「…そうだな。郁が大人になったときに、料理上手になっていたらお嫁さんとして貰おうか」 さっきまで泣いていたというのに、その一言で郁の顔は一気に輝いた。そして立ち上がり、福富の首筋に腕を回して頬ずりをした。 「すき!じゅいちちゃん、だいすきー!」 泣いたカラスがなんとやらである。 好き好き言いながら、その感情のままに福富の頬にキスをしている郁。 娘と甥っ子の様子を微笑ましく思う反面、母親は甥っ子に申し訳なさを覚えていた。 「ごめんね、寿一くん。いつも郁があなたに甘えてばかりで…」 郁が寝たあと、叔母は福富に謝った。叔母は常々、郁の面倒をまかせきりで申し訳なく感じているようで、このように度々謝ってくるのだ。 福富は首を横に振る。 「迷惑に思ってません」 「そうだと嬉しいけど…それにあの、さっきの結婚云々もあの子相当本気みたいだから…」 子どもとは割とそういうものだと福富は思っているため、それも特に苦に感じていない。どころか真面目な福富はあの約束をしたのだから、 割と真剣に自分が郁をもらうしかないと考えていた。 叔母はそれに気づいていない。 「……じゅいちちゃん、まま…」 目が覚めたのか。寝ぼけ眼の郁がおりてきた。叔母が再び寝かしつけようとしたが、福富が郁を抱き上げた。 「オレが寝かしつけてそのまま寝ます。だから、叔母さんは風呂など済ませてください」 「でも、」 「いいんです、お世話になってますから」 居候しているのは福富だ。だからこれくらいするのは、家賃代わりとして当然のことだと福富は思っていた。それに苦に思ってないのだ。 福富は郁の部屋のベッドに郁を寝かせる。頭を優しく撫でながら布団をかけてやれば、郁はむにゃむにゃと福富を呼ぶ。 「…じゅいち、ちゃん」 「何だ?」 「がんばって、おとなになるね…すききらい、しない…」 最後のあたりは言葉になってなかったが、福富のおよめさんになるための努力をするということだったのだろう。福富は表情を和らげ、もう一度郁の頭を撫でた。 「ああ。待っている」 その言葉後が眠りに落ちていく郁に届いたか分からないが気持ちよさそうに再び眠り始めたため、福富はそっと郁の部屋を後にした。 20140402 |