キミイロデイズ | ナノ




休講の連絡が回ったのと、叔母からの連絡があったのはほぼ同じくらいだった。メールで電話しても大丈夫かと聞かれ、返事を送る。叔母は一昨日から出張だった。今日の夜に帰ってくると聞いていたが、関東は昨夜から高気圧によって前線が云々と予報士が言っていた。まさかと思っていると、案の定だった。
電話の向こう側は駅とおぼしき喧騒の中、帰れないかもしれないという旨と、郁の保育園から豪雨のため迎えに来て欲しいという連絡があったと。

「オレが迎えにいけばいいんですか?」
『ううん。寿一くんもまだ学校でしょう?郁と仲のいいひなこちゃんのお母さんがお迎えしてくれて、ひなこちゃんの家に迎えに行ってほしいの』

「ひなこちゃん」のことは、福富も知っていた。よく遊びにきていたし、遊びにきた「ひなこちゃん」を福富が送っていったこともある。

「わかりました」
『ごめんね、寿一くん。寿一くんも気をつけて帰ってね』

叔母との電話を終え、福富は窓を見た。こちらもそれなりに強い雨だが、まだ豪雨というほどではないし風邪もでていない。休講にもなったうえ、大荒れが予想されて今日はサークル活動もない。
福富は早々に帰ることを決意した。

一度家に戻って、ジャイアントから叔母のママチャリに乗り換えた。郁を迎えにいくならこっちのほうが都合がよかった。雨は大学をでたときよりも強まっていたため、郁のレインコートをカゴにいれてから福富はママチャリに跨がった。ママチャリとはいえ、福富はロードレーサーだ。当たり前だがその速さは、一般人がこぐより速く、あっという間にひなこちゃんの家についた。しかしそれでも天候は変わり、風まででてきた。

インターホーンを鳴らせばひなこちゃんの母親がでてきて、心配しつつも郁が帰る準備を手伝ってくれた。

「本当に二人で大丈夫?郁ちゃんのお母さんにも言ったけど、二人ともうちに泊まってもいいのよ。台風並にあれるってテレビで言ってたし…」
「大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」

保護者たちの会話をよそに、ひなこちゃんと郁は「ばいばーい」と手を振っていた。
でる際にひなこちゃんの母親に頭を下げてから、福富は郁を抱えてママチャリの後ろに乗せた。ひよこのレインコートのフードごしに福富を見上げる郁。

「ママは?」
「帰ってこれないかもしれないそうだ」

取り付け式の後部シートのベルトを閉めてやりながら答えれば、郁の目は揺れた。母恋しさと、不安からだろう。郁の頬を撫でようとしたが、雨に打たれてきた自分の手は冷え切っている。だからフードごしに頭を撫でた。

「大丈夫だ。明日の朝には叔母さんも帰ってくる。それまでオレが一緒にいる」
「…うん」

不安の色を和らげた郁を見て、福富は内心胸をなで下ろした。

「帰るぞ」
「うん!じゅいちちゃんのうんてんなら、あんしん」

補助輪なしでいきなり自転車に乗ろうとしたのは、後ろの従姉妹だ。盛大に転んでいたし、壁やらにぶつかっていた。
それを思い出しながら、福富はペダルをこぐ。

家についてからまず郁に風呂に入るように言い、福富はテレビをつけた。この豪雨は台風並の勢力になるといい、東京を直撃するのは夜中だろうと言っていた。それを見て雨戸を閉めようとしたが、「じゅいちゃん」と呼ばれた。振り返るとパジャマなどを持ってきた郁が立っていた。雨戸を閉め、郁に尋ねる福富。

「どうした?」
「じゅいちゃんのがぬれてるから、じゅいちゃんからおふろはいって」
「だめだ、郁が風邪をひく」
「じゅいちゃんもひいちゃう」

というどちらも引かない押し問答の末、雨戸など閉め終わったら一緒に入るということで落ち着いた。郁に勝手口と二階ベランダの戸締まりの確認と湯船にお湯を張るよう伝えてから、福富は雨戸を閉めた。全部の雨戸を閉め終わる頃には湯船のお湯もほどよくたまっていたが、郁は律儀に福富を待っていた。

「じゅいちちゃんとおふろ!」

きゃっきゃっと楽しそうな郁が服を脱ぐのを手伝ってやる。すっかり冷え切っていたため、福富は郁に湯船に入るよう言い聞かせてから服を脱いだ。

風呂場に入ると、暖かな空気と湯船に入っておもちゃを浮かべて楽しそうにしている郁に迎えられた。

「じゅいちちゃも、こっちはいろ?」
「…いや、今日は先に洗う」

自分のことを済ませてから、湯船で暖まった郁のシャンプーをしようと決め、福富はシャワーを浴びる。手早く髪と体を洗い終え、湯船に浸かってこっちを見ていた郁を呼ぶ。嬉しそうにあがってくる郁は、子ども用の椅子に座りながら「びよーしさんみたいにやってね」と難しい注文をつけてきた。

「…お湯をかけますから、目を閉じてください」

真面目な福富はそれに応じる。楽しそうに笑いながら、郁は両手で目を覆った。それを見てから、シャワーの水勢を緩めて福富は郁の髪をやさしく流すように洗ってやる。さらさらで柔らかな髪なので、そうしないと傷めるのではと錯覚してしまう。だから自然とシャンプーも丁寧に、優しいものになる。

「びよーしさん、おみみのうしろもしてー」

そういえばそういうごっこの途中だったと思い出した。
ごっこ遊びをしつつ、シャンプーは終わった。

郁は体は自分で洗えるため、福富は湯船に浸かる。自然、力が抜けてため息がでた。イレギュラーな事態は自転車競技においてあることだが、だからといって日常のイレギュラーにまで柔軟に対応できるかはイコールではない。こと、小さな子どもがいるとそうだ。福富は親というものは大変だと実感し、箱根にいる両親に胸中で感謝した。

「じゅいちゃん、おわった」
「待て、首に泡がついている」

洗面器で湯船のお湯を掬ってから、小さな背中を流してやる。流し終えたらそのまま抱き上げて、湯船にいれた。嬉しそうに笑いながら、浮いてたあひるのおもちゃを手にする郁。

「きいろだからじゅいちゃんといっしょ!」
「――そうだな」
「でもじゅいちゃんのがつよい!」

頷いてから頬を撫でてやればふやけたように笑うのだから、この従姉妹は本当に自分を好いているんだなと自覚する。

二人はしばらく湯船につかってから風呂からあがり、髪も乾かし、風呂上がりの牛乳を飲んでいた。そして今日は仕方ないとカップラーメンと昨日作ったサラダを食べて、遅めの夕食は終わった。
外は予報通り大荒れらしい。ガタガタと強い風が窓を揺らし、激しい雨が打ち付けてくる音がする。叔母からのメールによると、叔母は新幹線で夜を越すことになったらしい。福富は労る旨とこちらは心配しないでいいという旨を丁寧に認めてから送信し、いつも以上に自分の側から離れない郁を見た。

「郁、そろそろ寝るぞ」
「……」

郁は何も言わずにぎゅっと、しがみついてきた。福富はその意図をはかりかねたが、郁の頭を撫でつつ優しく呼ぶ。

「…郁?」
「じゅいちゃん…きょう、いっしょにねよ…?」

おそとこわいと、さらにしがみつかれて断れるわけがなかった。郁は普段一人で寝ているから、今日くらいはと誰に向かってでもなく言いながら福富は了承していた。

歯磨きをし、福富の部屋に枕とぬいぐるみと絵本を持ってきた郁。絵本は寝る前の読み聞かせだろう。すでに何度かやったこがあるため、絵本を持ってきた意図は理解できた。しかしぬいぐるみだけはわからず、手にしてじっと見ていると「そのうーたんもいっしょにねるの」と郁が答えた。
ぬいぐるみことうーたんを抱いた郁に、絵本を読み聞かせてやる福富。時々風の音に郁が怯えると、読み聞かせを一旦やめて頭を撫でてやる。

「大丈夫だ」
「…ほんと?あしたもおうちある?ママ、かえってくる?」

うーたんをきつく抱きしめ、不安そうに福富に問いかける郁。まだ6歳の子どもからすれば、親のいない嵐のような夜は不安でたまらないのだろう。本当は叔母とこうしたかったはずだと思うと、いじらしくてたまらなかった。

「ああ、叔母さんは明日朝すぐに帰ってくる。そして家も壊れない」

小さな体を抱き寄せて、あやすように背中を撫でてやる。
郁は母親のとは違う、大きくて武骨な手に撫でられながら、目を閉じる。

「じゅいちゃんが、つよいから?」
「そうだ、オレは強い」

ぎゅっとされて背中を撫でられて、安心してきたのか。まどろみ始めた郁。郁の様子に気づいた福富は、郁が寝入るまでそのままでいた。

雨音と風の音はまだ激しかったが、もうすでに気にならないと思うようになった。




20140326


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