キミイロデイズ | ナノ




その日の居候先はとても静かで、帰宅したばかりの福富は寂しい…とまではいかなくても、少し不思議な感覚があった。家にいれば「じゅいちちゃん」とついて回り、隙あらば膝に乗ってこようとする小さな従姉妹もその母親も、今日はいない。
韓国で働いている父…福富からみれば叔父のところに泊まりに行ったのだ。それだけだというのにすごく物静かで、一戸建てのこの賃貸住宅が広く感じてしまう。
子どもが持つ空気というものを痛感しつつ、福富は自室へ向かう。韓国までの時差は二時間くらいだったから、二泊三日で戻ると叔母は言っていた。最後まで「じゅいちちゃんもいっしょにいこ?」と粘っていた郁。どうしてそこまで懐かれたのかいまいち分からないが、ああもべったりと一緒にいればいないことに違和感を覚えないわけがなかった。

シャワーを浴びて着替え、キッチンに立つ。叔母が夕飯にと作っておいてくれていたハンバーグのタネがある。それを焼いて、そしてサラダを適当に作るかと福富が冷蔵庫に手をかけたとき、マグネットで冷蔵庫に貼り付けられたメモに気づいた。
日曜日の朝にあってるあの女児向けアニメのキャラがプリントされたメモには、ひらがなが書けるようになった郁の字でこうかいてあった。
「よるにぱそこんつけてて」、と。

この家にパソコンは、二台ある。ひとつは叔母専用のもので、もう一つはリビングにある共用のパソコンだ。福富もレポートなどを作る際に使用させてもらっている。郁のメモにあるパソコンとは、これのことだろう。そして夜、ということは、もうそろそろつけたほうがよさそうだった。
メモ通りにしなければ、帰ってきた郁がしょんぼりするのは目に見えているため、福富はパソコンを立ち上げた。

パソコンをつけたままにしてハンバーグとサラダを作り、一人きりの夕食をとった。思えば学校では新開たちと食事をすることが当たり前で、帰れば郁と叔母と食事をしていたのだ。福富にとって一人きりの食事は、久しぶりだった。前の席で嫌いな野菜相手に渋い顔をする従姉妹がいるのは、すでに福富にとって当たり前のことだった。そう思いながら、食事を義務的に終えた。いつもの叔母のハンバーグはおいしかったが、何かが足りない気がしてならなかった。
そしてそのまま片付けようとしたのだが、不意にパソコンが音を発した。独特のコール音の正体は、パソコンの通話機能のものだった。立ち上げれば自動的にログインするよう設定されているため、誰かからの通話を受信したらしい。画面をみると、叔父の名前が表示されていた。そこで、福富は郁のメモの意味を理解した。

通話ボタンを推せば、聞き慣れた元気でかわいらしい声が嬉しそうに自分の名前を紡ぐだろう。
数秒先の未来を考えながら福富はマウスに手を伸ばし、通話ボタンを押した。電話のときとはまた異なる「繋がった音」のあと、画面にそわそわしていた郁が現れる。そして画面の福富を見るやいなや、ぱああと顔を輝かせるのだ。

「―もしもし、郁」

名前を呼んでやれば、嬉しそうに顔を綻ばせ、郁は唇を動かした。

『もしもし、じゅいちちゃん!』

楽しそうに、嬉しそうに、福富を呼んだ郁。
それを見ただけで、この家の雰囲気まで変わったように感じたのだから、存外自分も単純なようだ。
そして福富はじっくり話すためにパソコンの前の椅子に腰をおろした。

あのね、から始まった郁の話。初めての飛行機はどうだっただの、海外は知らないものがたくさんだの、食べてみたものが辛くてびっくりしただの、そんな他愛もない話。頷いたり、たまに聞き返したり。画面の向こう側の福富のそんな反応に、郁は嬉しそうに笑ったりした。
途中で風呂から上がったばかりの叔父と挨拶をかわしたりした通話は、叔母が「そろそろやめなさい」と言う時間まで続いた。




20140324


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