「ただいまぁ!」 ふんふんと鼻歌を歌いながら玄関を開ける郁。土曜日のピアノのレッスンが終わり、あとは遊んだりおやつを食べたりすると決めていたため、テンションが高かった。それに今日は福富が休講で試験が近いから家にいるというのも知っていた。家に娘を送り届けてから出張に向かう母親から、「寿一くんにわがまま言ったらだめよ」と釘を刺されていたのが、もう彼方へと行っていた。 靴を脱ぎ捨てたが行儀が悪いと思いそろえなおし、洗面所へと走る。帰ったら手洗いうがい、保育園の先生からも、母親からも言われてることだ。そして終われば、洗面所からリビングへと一直線である。 「じゅいちちゃん、ただいまー!」 「ん、おかえり、郁ちゃん」 福富以外の出迎えの声を受け、郁はくりくりした目を瞬かせる。そんな郁に笑うのは、福富の友人だった。 「はやとちゃんだー!ただいまっ」 「そう、隼人ちゃんだぞ」 テーブルを福富と囲ってルーズリーフやらを広げているのは、新開隼人だった。郁は何度も会っているため、新開とも仲良しだった。いえーい!とよく分からないハイタッチをかわしている従姉妹と友人のノリに、福富はついていけなかった。 「…おかえり、郁」 「じゅいちちゃん、ただいま!おやつなぁに?」 そのまま新開と手遊びをしつつ、郁は福富に尋ねる。 ピアノのレッスンが終わって帰ってくる時間は、15時すぎるくらいだ。だから、ただいましてからのおやつは土曜日の習慣だった。叔母の代わりにその準備をするために、福富は腰をあげる。 「今日は新開がケーキを買ってきてくれた。お礼を言うんだ、郁」 「!はやとちゃん、ありがとー!」 ケーキ、の一言で顔を輝かせる郁。新開はウインクをしながら、郁の頭を撫でる。 「郁ちゃんが喜ぶ顔見たかったからな」 「うれしい!はやとちゃん、すき!じゅいちちゃんのつぎだけど」 女という生き物は、何歳でも残酷な生き物らしい。 苺のショートケーキは郁、アップルパイは福富、チョコレートケーキは新開が食べることになった。ショートケーキをにこにこしつつ食べている郁の頬に、クリームがついていた。郁が食べ終わってから拭ってやろうと思いつつ、ティッシュ箱をとる福富。すると、チョコレートケーキを食べ終わった新開が、郁に手を伸ばした。 「郁ちゃん、クリームがついてるぜ」 新開は郁の口元についてるクリームを、指先で拭った。そしてそのまま舐めた。郁はそれに「ありがとー」と言い、残り少なくなってきたショートケーキを大事そうに食べ出した。その光景を見た福富は、しばし固まってしまった。が、新開はそういうことを平然とできる男だったと今更思った。 「寿一、すげぇ顔になってるぞ」 「…遊ぶな、新開」 笑いを堪えている新開に、福富は苦虫を噛み潰したようになる。 最後にとっておいた苺を食べていた郁は、不思議そうに二人を見比べていた。 20140322 このあと滅茶苦茶遊んだ(新開と) |