キミイロデイズ | ナノ







福富寿一の朝は早い。
最強を自負している彼は早朝練習からスタートする。一限に講義がないならなおさらである。その分、ペダルを回す。
箱根と色々と勝手の違うこの街だが、自分は恵まれた環境にいると思っている。家族だけではなく親戚も理解を示してくれていて、通学のためにと居候させてくれているのだ。叔母に礼を言えば、「こっちだって娘の面倒頼んでるようなものだから。気にしないで」と返された。

叔母の娘…とは、郁のことである。今年で6歳になる、年長組の女の子。
昔から福富によく懐いていて、「じゅいちちゃん」「じゅいちちゃん」と、福富のあとを雛のようについてまわってくるのだ。最初こそ懐かれたことに困惑したが、向けられる純粋な好意というものはやはり嬉しい。高校生の頃、誕生日プレゼントを渡しに箱根学園まで郁が来たときはさすがに驚いたが、なんだかんだで福富も郁を可愛がっている。

ふと、時刻を確認する。
今日は日曜日。今頃特撮の番組をみているのだろう。それが終われば、郁の好きな女児向けアニメが始まる。それまでにパンを買って帰らなければと、福富は行動に移した。今度の日曜日…つまり今日は、そのアニメを一緒に見ると約束したのだ。時間通りに帰らなければと、とりあえずはパン屋に向かった。

「じゅいちちゃん、おかえり!」

ぱぁあああ、と顔を輝かせながら両手を伸ばし、抱きついてこようとする郁。ちゃんと顔も洗っていて、髪も櫛で通したようだ、寝癖がない。服もパジャマではなく部屋着だ。ちゃんとしているところに、好ましさを覚えた福富だった。

「汗をかいているからだめだ」

だっこをねだってきた両手に、代わりに焼きたてのパンが入った袋をのせる。一瞬頬を膨らませた郁だったが、焼きたてのおいしそうな匂いにすぐに顔をほころばせた。しっかりしていても、やはり子どもだ。こういうところは素直で子どもらしい。

「じゅいちちゃん、シャワーあびてたべよ?」
「ああ」

どうやらまだ例のアニメまで時間はあるらしい。変に急かされることもなく、福富はシャワーを浴びた。

あがってから一緒にパンを食べる。ご飯派の福富だが、日曜日のこの時間だけはパンだ。仕事が遅くに終わる叔母が寝ているからというのもあるが、昨晩炊いておいた米は午後のサークル活動のときに持って行くおにぎりにするからだ。

「ここ!ここのね、キュアアイリがね、かっこいいんだよ!」

変身シーンにさしかかり、クリームパンを食べながら郁は福富に言う。福富はこの日曜日の朝にある女児アニメと、平日にある女児アニメの違いがよく分かっていなかった。が、とりあえず郁の好きなそのシーンを見ておくのだ。

朝食を終えて、昼に持って行くおにぎりを握る。叔母が様々なふりかけをストックしてくれているため、助かる。必要ならとたくあんまであるのだから、叔母の気遣いには感謝である。たまに弁当を持たせてくれるのだから、本当に自分は恵まれた環境にいるなと福富は思った。

「郁もじゅいちちゃんのおにぎりつくるー」

お手伝い、と言われたらむげにはできない。福富は不器用ながらに郁の髪を結んでやってから手を洗わさせ、二人でおにぎり作りを始める。
福富はさすがに慣れてきたので、三角のおにぎりになる。力加減も、だいぶ覚えた。出来に満足していると、そのとなりに小さくて丸いおにぎりが並ぶ。

「なかみはね、うめ!」

手に米粒がいくつかついているが、誇らしげに郁は言った。撫でようとしたが自分も先ほどまで米を握っていたからやめる。

「ああ、ありがとう、郁」

にぱぁ、と太陽のように笑う郁は本当に嬉しそうだった。

時間になり、福富は着替えて荷物を纏める。そのときに起床した叔母と会い、行ってくる旨を伝えた。寝起きの叔母は「いってらっしゃい」と緩く言ったが、仕事モードになると一気にしゃきっとするのだ。オンとオフの切り替えのうまい人だと福富は思っていた。

「叔母さんももう起きていた。叔母さんの言うことをよく聞いていい子にしていろ、郁」
「はーい。じゅいちちゃん、いってらっしゃい!」

両手を広げ、だっこを要求する郁。さっき抱き上げられなかったため、福富は素直にその要求に従って抱き上げてやる。嬉しそうに笑いながら頬を寄せる郁。頬ずりがくる …と思っていたが、子ども特有の弾力とやわらかさがある頬とは別の柔らかな感触が、一瞬した。福富が目を瞬かせていると、ちゅっと独特の音がした。そして郁は体を離しながら福富を見上げて、悪戯っこのように笑ったのだ。

「ぱぱにはないしょね」

自分の唇に人差し指をあて、しーっとする郁。
一体どこで覚えてきたのだろうか…。それを聞くのはなぜか、憚られた。




20140316


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