いつかその不器用さがクセになります

マッサージをしていれば、苦悶の表情を浮かべることもある。それはマッサージのやり方が悪い(場合もあるが)とかではなく、選手が体を酷使しすぎるとそうなることがあるのだ。特にこぎ方やフォームに癖がありすぎるものは、それが顕著な気がすると倫子は思う。
荒北は前者だ。

「っ…!」
「あ、痛い?ゆるめようか?」

部活後、練習してた荒北と、不知火と片付けをしていた倫子は残っていた。荒北がオーバーワークにならないか心密かに心配している倫子は待つと言ってくれた不知火を帰らせて、練習を終えた荒北のマッサージをしていた。
身内のツテを頼り、不知火と一緒にマッサージの講座を受けたからある程度できるが、それでも倫子はマッサージが下手だ。不知火の方が得意だ。不知火に任せるべきだったかもしれないと思いつつ聞いたのだが、荒北は首を横に振った。

「っにすンナ、…ブス」
「はいはい。じゃあ、次さらに痛くなるからごめんね」
「ハッ?!いっ、デェ!!」

宣言したからあとで怒鳴るのはなしねと言いながら、倫子はマッサージを続けた。心なし、楽しそうにしているように見えた荒北は、苦悶の合間に「クッ…ソブス…!」と罵ってくるのだから、大丈夫そうだと倫子は安堵した。

不知火と倫子が時々する痛いマッサージは、痛さと終わってからの疲労が落ちた感じに定評がある。その感じ通り、筋肉の疲労はほぼなくなっており、そのマッサージを受けて箱根の源泉を使ってる大浴場でゆっくり浸かれば、翌日に疲れは残らない。ただし、この痛いマッサージは施術時間がかなり長く、初めて不知火が新開にしたとき、「拷問か?!」と驚かれたくらいだった。
しかし効果は覿面なので、大会前日にこのマッサージを頼む部員は少なくない。

「イテェ…あー、クソ。やってくれやがったな、久瀬」
「でも今日はぐっすり眠れるわよ。…それに、ほら。一応、心配はしてて」

施錠の確認をしてから、部室を後にする。荒北は先を歩き、倫子はその背中を見ながら歩く。
細い体だが、しっかりと体づくりはできていて、筋肉がついているのだというのは知ってる。そこに至るまでに荒北がどれだけ努力をしてきたかも、知っている。

「心配ィ?気持ち悪ィ」
「うっさいわね、私だって、自分の言ったこと気にするわよ」
「ハァ?ナァニィ、久瀬チャン?今更自分が暴君だって思ったワケェ?」

完全にからかっている口調の荒北。小馬鹿にした感じが伝わり、倫子は見えていないと知りつつも、不服そうになる。

「誰が暴君よ!…じゃなくて、私、あんたに去年、脅すような感じで…故障するわよ、とか言ったじゃん…」

そんなつもりで言ったわけではなかった。注意のつもりで言ったのだが、荒北が故障して野球をやめたと知っていれば、もっと違う言い回しにした。あれでは荒北の過去を無遠慮にほじくり、脅したようなものだと今になって思うのだ。
荒北はしばらく黙っていたが足を止め、振り返る。倫子も足を止め、荒北を見上げる。相変わらず鋭くて獣みたいな目だが、真っ直ぐな荒北の目。その目を、倫子はしっかりと見つめる。

「…へー、じゃあさ、久瀬チャンは、今までオレへのそういう罪悪感からマネージャーの仕事してたワケェ?」
「違うわよ!」

そんな理由で仕事をしてるわけがない。それは贔屓しているのと同意である。そう思われたくなく、語気を荒げる倫子。好きでやってることだが、倫子には倫子なりに決意をしてマネージャーの仕事をしているのだ。それを、そういう風に言われたくない、思われたくなかった。それも、部員から。
思わず強く、睨むように見上げてくる倫子に、荒北は唇の端をあげた。

「んじゃあ、ソレでいいんじゃナァイ?」
「…え?」

どういう意味だろうと倫子が言葉に含まれたものを理解する前に、荒北は再び前を向いて歩き出した。倫子はその背中を見て、慌てて追いかけながら、これかなと思い当たった「意味」を、口にする。

「ねぇ、それって…気にしてないから気にするなって言ってるの?」
「さぁな。勝手に思ってればァ?」

歩くスピードを早める荒北。
その背中を小走りで追いかける倫子。

「早いって」
「ッセ!ついてくんな!」
「あんたがビアンキとりにいくまで一緒なんだから仕方ないじゃない」
「これじゃ一緒に帰ってるみたいだろォ!」

いつものような口喧嘩をしながら、歩いていく2人。
今の表情を見られたくない荒北は倫子に隣に並ばれないよう、歩みを緩めることはしなかった。




20140328
(6/11)
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