飴と鞭

期末テストがある。学生は学業が基本であり、義務だ。それは自転車競技部においても例外ではなく、荒北はやたらいい笑顔で丸めた教科書を持つ倫子に今、しごかれていた。

「違う、そこはその公式じゃないわよ」
「うっ、ウッセブス!」

荒北だけ倫子に勉強を見てもらっている。福富は普段からこつこつしているうえに、全教科ができる男だ。東堂は得意不得意こそあれど、そこそこいい成績だ。新開はヤマが当たるタイプで、しかも不知火が新開の勉強をみるといっていた。そして荒北も野生のカンが働くのか。選択問題は強いが、あとはだめだ。つまり…数学が壊滅的だった。理数科で福富と同じように日々勉強している倫子は荒北の勉強を見るのを買って出た。
曰く、「まぁ私が赤点とるのありえないけど、部員が赤点とって補習や追試で練習でれないより、マネージャーがでられなくなるほうがましでしょ」とのことだ。
荒北は最初こそ渋ったが、倫子の教え方はスパルタだが…分かりやすかった。そのあたりはさすが理系、と言ったところだろうか。しかも集中力が切れそうなタイミングで休憩を挟んでくるのが、それがまた絶妙だった。

「そこまで解いたら休憩ね」

丸めた教科書を置いて、倫子は言う。あと一問、荒北は自分に言い聞かせ、シャープペンシルに力を込めた。

解き終わり、燃え尽きたようにテーブルに突っ伏している荒北を後目に、倫子は荒北が解いた問題に目を通す。その右手には赤ペンがあり、あっていれば丸、間違っていればバツをつけたり、間違っている箇所に線を引いたりしていた。

「ん、だいぶ基本できるようになってるじゃん。…普段からやってればいいのに」
「ンな余裕あるかボケナス…」

言葉に覇気がない荒北に、倫子は小さく笑った。突っ伏したままの荒北には、それが見えない。

「休憩って言ったけど、なんかもうあんた無理そうね。知恵熱出さない?」
「バカにすんなヨ!」
「噛みつく元気があるなら、寮に帰ったら私がしるしつけたとこ解いてね」
「……」

拒否権はないらしい。倫子の声から滲んでいるのは、強制的なものだ。逆らえばどうなるだろう。ビンタ…いや、今回はさらにスパルタになる可能性が高い…。と、荒北が最悪の事態を突っ伏したまま想定していると、倫子が席を立った。目線だけ向ければ、「ちょっとトイレいってくる」と返ってきた。 それに適当に返事をして、荒北はなんとはなしにノートを引き寄せる。自分の字より丸みがあるが読みやすい字だと、倫子の字を見て思った。あんな気が強いくせに、字はずいぶんとかわいげがあるなとぼんやり思う。
本人が思っていたより、荒北の頭は疲れているようだ。思考がまとまりなく、変な方向に転がっていく。起き上がり、伸びをして荒北はあくびをした。

「やっぱり、今日はもうこれでやめておこうか」

そこにペットボトルを手にした倫子が戻ってくる。首が凝ったような気がしてならない荒北は、首に手をやりながら首を回してだるそうに答える。

「そうしてくれ…初日からこれはさすがにキツイからナァ」
「だから普段から勉強してればいいのに…はい、お疲れ様」

荒北の前に置かれたのは、ベプシのペットボトル。倫子は紙パックのりんごジュースにストローをさし、椅子に座る。荒北はベプシを手にし、普通科の化学の教科書を見ている倫子に尋ねる。

「…トイレじゃなかったのかヨ」
「ついでですー」

荒北の化学の教科書を見たまま、いつもの調子で答える倫子。「久瀬は飴鞭がうまい」と東堂がもらしていたことを思い出す。そのときはどこがだと荒北は思ったが、倫子が買ってきたベプシを見て…少し納得した。

「あっそ。…あー、ありがとナ」
「お礼はテスト結果でよろしく」

倫子からにっこり笑ってそう言われ、荒北はさらにしごかれるのかとげんなりした。


期末テストの結果、荒北は追試や補習は免れた。
そして倫子はそれから荒北のテスト勉強を見続けることになった。が、二年にあがる頃にはそこに葦木場たちが加わり、さらに三年になれば真波という一番手の掛かる後輩が加わることになるのだった…。




20140423
(8/11)
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