▼もうすぐ春ですね

食が細くなってる自覚もあった。息苦しさを覚えることもあった。しかしそんなのにかまけてられるほど、なまえに余裕はなかった。親と自分の希望が合致した箱根学園に合格しなければというプレッシャーと戦いながら勉強していた彼女に、教師陣も根を詰めすぎだと言っていた。しかし、人より劣っていると思いこんでる彼女はそうは思わず、心配されればされるほど勉強に集中した。
結果、過呼吸に陥った。
それも帰り道の人気のない時間。
息苦しさと呼吸ができない混乱ですっかりパニックに陥り、うずくまって今にも死んでしまうのではという錯覚を抱くような状態でいると、

「…大丈夫か?」

独特の靴の音をさせながら、彼が声をかけてくれた。
涙で滲んだ大きな彼となまえはほとんど喋ったことがないが、彼…福富寿一が救世主に見えた。



「ふ、福富くん!」

中学の卒業式。
あのとき助けてくれた福富の背を見つけ、なまえは声をかける。あれ以来特に関わることもなかったから、福富の隣にいた男子生徒…新開は、おとなしい部類であるなまえが福富に声をかけたことに驚いているようだった。ほかの生徒からも似たような視線を注がれて怯みそうになったが、福富だけは驚かずにいてくれたからなんとか踏みとどまれた。

「みょうじ、」
「あ、あのね…! すごく、遅くなっちゃったけど、この間は、ありがとう!」

あの過呼吸に陥った時、福富はなまえが落ち着くまで側にいて、自宅まで送ってくれたのだ。母親と福富の家にお礼に向かったときに福富はおらず、そして学校でもなかなか声をかけられないままだった。ようやく今日、お礼を言うチャンスがきたのだ。高校が一緒だといえど、さらに先延ばしになったらますます言えなくなりそうだった。
だから必死に福富の姿を探し、そして声をかけたのだ。今までの自分からは想像できないと思うし、これをみた友人も驚くに違いないと思っていた。

「大したことはしていない」
「わ、私からしたら命の恩人だよ。福富くんがいてくれてよかった」

思ったままを言ったのだが、おおげさすぎたのか。福富が目を見開いた。それで少し恥ずかしくなり、なまえは話をそらす。

「それから、ね。あの、この間貸してくれたタオルと、それから、お礼も…」

持っていた紙袋を渡し、なまえは福富が受け取ったのを確認すると、あることに気づく。
これはまるで、自分が卒業を機に福富くんに告白しているように見られているのでは、と。そっと辺りを見渡せば、物陰から友人がこちらを楽しそうにみていた。ゴーサインまで出している。完璧に勘違いされていると理解した瞬間、なまえの顔は一気に赤くなった。
福富はそれに気づいていないのか、鉄仮面のまま、言う。

「お礼になにかされるようなことはしていない」
「い、いいの受け取って!あの、それじゃ、さ、さようなら!」

いきなり逃げるようにして去ったなまえの背中を見送る福富。友人たちに真っ赤な顔で困ったように何か言ってるなまえを友人たちは取り囲み、何か聞いてるようだった。

「ヒュー!隅におけねぇな、寿一」

茶化すように声をかけ、福富の隣に立って友人たちに囲まれてしまったなまえを見る新開。彼の勘違いに気づき、福富は生真面目に答える。

「以前、みょうじが困っていたところを助けたお礼にきただけだ」
「なまえちゃん、真面目だもんな」

委員会一緒だったといいながら、新開は紙袋を指差した。

「お礼、なんだって?」
「貸したタオルと、お礼としか聞いてなかったな」

渡された時に確認して礼を述べるべきだったかと思いながら、福富は紙袋の中身を確認する。中にはクリーニングに出されたと思しきあのときのタオルと焼き菓子、小さな白い紙袋に入ったものがあった。それに見覚えのある神社の名前が書いてあったので取り出してみると、

「御守り、だな」
「交通安全…」

ぷっ、と小さく吹き出した新開。福富も笑いこそしなかったが、新開と似たような考えだった。

「なるほど。寿一が自転車に乗ってるのは知ってるけど、それがどういうのかはいまいち分かってなかったんだろうなぁ」
「…だろうな」

ある意味あってはいるのだが、正しくもない。しかしなぜか、悪くはないどころかほっとゆるむような感覚になった。


「高校入学したら、なまえちゃんに話しかけてみようかな。なんかすげぇおもしろそうな子だって思ったし」
「…そうだな」

同意を示せば新開に驚かれたため、福富は不思議がった。新開は福富が同意したことに驚いたのではなく、

(寿一、今すげぇ優しい顔してたけど無自覚、か…?)

ということであり、後に新開はこれは福富寿一がみょうじなまえに恋をした瞬間だったのだと理解する。




20140320
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タイトルはあの名曲から
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