▼どうか子どものままでいさせて

桜が咲き始めた。満開ではなく咲き始めだから、これからこの道は咲き乱れるんだろう。その光景をこれから見るのは、私だけだ。私のわがままを聞いてママチャリで2人乗りをしてくれている金城は、咲き乱れる桜を見る前に静岡へと行く。
少女漫画のような横座りはせず、背中合わせになるようにして荷台に腰をおろしている。それでもバランスとってこいでいるのだから、さすが金城だと思う。私からは金城は見えないし、もちろんママチャリをこいでる金城からも私が見えない。

「楽しいのか、なまえ」

背中越しに金城が問いかける。低くてよく響く声も、しばらくは聞けない。

「んー、まぁね。金城をこき使って気持ちいいよ」
「普段からこき使ってるじゃないか」

声に咎めはない。どころか少し楽しそうで、彼はこの軽口にのってくれている。そうでなくても金城は面倒見のいい性格をしていて、なんでも器用にこなして、だけど陰でちゃんと必要な努力をしていて。辛抱強くて優しくて。強い、人だ。
私にはないものをたくさん持ってて、それでいてこんな私の面倒を小学生の頃から見ていてくれているのだから頭はあがらないし、そういう場所が居心地がいい。そしてその居心地のよさに甘えて怠けて、私は今、金城が出発する前にわがままを聞いてもらっているのだ。
私の手入れがあまりされてない自転車は、少し嫌な音を立てている。金城の自転車とは、全く違うから、これまた私と金城の対比のようで笑えてくる。

「金城ー」
「ん?」

我ながらだらっとした呼び方である。これに金城がじかに応じてくれるのは、もう今日だけだ。

「静岡いっても、一人でやってけそうだねー」
「どうかな。さすがに一人暮らしは初めてだからな」

後ろから聞こえる声に変わりはない。苦しそうな様子もない。同じ速度で、慣れた景色が流れていく。私は後ろ向きに座っているから、それがまるで逆再生されているようだった。

「大丈夫、金城なら。金城、しっかりしてるし、器用貧乏だし」
「おい、それは誉め言葉じゃないぞ」
「知ってるけど、金城を表すには器用貧乏がしっくりくるかなって。それでさ、金城かっこいいからあっちの大学で彼女作ったりするんだろうね」
「…今と変わらないと思うな。自転車ばかりに乗っているから、オレのそばにずっといれるのは今も昔もお前くらいなんじゃないか」
「わかんないよ?ストイックな金城でも、ヤりたくなるかも」
「…なまえ」
「ごめん」

金城は私が下ネタというと怒る。お父さんみたいだ。

ロードバイクほどではないけど、風を切る金城が乗ったママチャリ。桜並木はいつの間にか終わっていて、住宅街になる。歩道は広めで、朝夕はジョギングする人とか犬の散歩してる人とかがいる。今は真っ昼間で人は少ない。

「そういうなまえは、大丈夫なのか」
「んー?ん、それなりにやってくよ、大丈夫」

大丈夫、もう一度念を押す。自分と金城に、言い聞かせるように。金城からは、相づちもなにもなかった。
間ができて、それに私が耐えられなくなった。

「もう大学生だよ、大丈夫。いつまでも‘しんごちゃん′に甘えたままの‘なまえちゃん′じゃないよ」

ここで昔の呼び方をしたのは、なぜだったのか。いまだに分からないけれど、そのダメージは私に来た。勝手に自爆して、鼻をすする。

「だから金城。大丈夫だからさ、金城は静岡でもがんばってね」

金城は何にも答えなくて、私たちはそのまま2人乗りで進んだ。金城はもっと言いたいことがあったのかもしれないけど、それ以上は多分私が耐えられないから、私は言わせないように釘をさした。
大丈夫、大丈夫と。

それからぽつぽつと、他愛のない話をした。金城がそれを言おうとするたびに、私はそらしたりして逃げた。

(ごめんね、金城)

金城が言おうとしていることを受け入れられるほど、私は強くもなければ大人でもなかった。
結局私はその日、「‘しんごちゃん′に甘えたままだだをこねた‘なまえちゃん′」のように振る舞うことで、逃げ続けた。




20140327
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