▼はちみつに漬けて、

越してきてすぐの話だった。子ども服も出す予定だからと、一人の幼児を紹介されたのは。
なんでも近所にすむ子で、服飾に興味があるらしい。だから子ども服のモデルや採寸などを手伝うかわりに見学したい、という旨らしい。その子の両親とは話がついている。というか、兄はその一家と友好的な関係を築いているようで、差し入れとして色々もらうことがあった。

「ユースケ、はい」

今日はクッキーなのと英語で語るのは、例の子ども、なまえだ。出会ってすぐに、「あなたってきれいね!」と巻島を誉めてきたため、面食らった巻島。子どもは苦手だが、はきはき喋り、甘えたりぐずったりなどしないなまえは割と平気だと巻島は思った。

「サンキューショ」

この語尾だけはなかなか抜けない。しかし日本語訛なのだろうと受け取られ、あまり不思議がられることはなかった。
なまえは椅子に座って、巻島の作業台を覗き込む。

「何してるの?」
「デザイン案をいくつか考えてるんだけど…なぁ、どれがお前は好きだ?」

まだ英語は不慣れだ。できうるだけ丁寧にゆっくり喋りながら、デザインをいくつか描いた紙を見せる巻島。型は決まっているのだが、色と柄は未定だ。それを巻島は任されたのだ。しかも今回は子ども服。子どもであるなまえの意見を片隅にでもいいから留めておきたい。
なまえはじっと紙を見つめてから、巻島を見上げた。ヘーゼルナッツの色の瞳が綺麗だと、巻島はいつも思っている。伝えたことは、ない。

「わたしが好きなのはこれだけど、でもわたしはユースケがなやんでえらんだものが一番好きよ」
「…いろんな意味でクリエイター泣かせッショ、それ」

嬉しいやら、励まされたようやら。
そんな巻島に、なまえはとびきりの笑みを浮かべて言った。

「ほんとだよ?ユースケたちが作る服がすきだからね」
「……」

とんでもない、口説き文句だと思った。兄共々、駆け出しにすぎないというのに。

「ファン一号の意見をそんちょーしようとしてくれるのはうれしいけど、わたしは二人が作るものが好きなの。だから、悩んでがんばってね」

椅子に膝立ちになって、巻島の首に腕を回し、ちゅっとキスをするなまえ。ふわりと、何かの花のような香りが、巻島の鼻腔をくすぐった。挨拶だと分かっていても、巻島はやはり、ドキッとしてしまう。そんな彼に目を細めながら離れ、椅子からおりるなまえ。ひらりと品のいい水色のスカートが翻り、かわいい膝小僧が見える。

「でもできることはなんでもするからね」

じゃあ採寸いってくる、と巻島の作業場をあとにしたなまえ。
その足音が遠退いてから、巻島は日本語で呟いた。

「…あれでまだ8歳っつーんだから…先が恐ろしいッショ」

こぼしつつ、想像してみる。
成長したあの子が、自分のデザインした服を着ている姿を。
――想像とはいえ、充足感を覚えた。自転車に乗っているときとはまた異なる、感覚。
それを現実で体感してみたいと思い、再びデザイン選びをする巻島だった。




20140324
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テーマ「人外ファンタジー」
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