『亮太くん、やだ…っ!こんなの、やめよう?』 「嫌だ、なんてよく言えるね?」
『えっ……』 「詩乃ちゃんはこれからずっと、ここで俺に愛されてればいいんだから。…分かってるよね?詩乃ちゃんに拒否権はないし、帰す気もやめる気もないから」
『………っ』
私が恐怖で何も言えなくなると、亮太くんは満足そうに笑った。 私が見てきた中で、一番嬉しそうなその笑顔。
その笑顔を見ていると、今までの亮太くんと変わらないと思ってしまうのに。
…そう思い込んで、気付けなかったのは私なのだ。
「名残惜しいけど…俺は仕事に行ってくるから、大人しく待っててね。…ああ、逃げようなんて、下手なこと考えないほうがいいよ」
『………』
亮太くんが立ち上がったはずみで、閉じられたカーテンが揺れた。 その刹那、そこから見えたのは、強風に煽られざわめく木々たち。
ぼんやりとしか映らなかった視界に、鮮やかに焼き付く窓の外の景色。 低気圧が風を集めて、騒々しく草花を揺らしていた。
それを見て、瞑目した。
……ああ、今は、きっと午後だ。
曇り空は、あの時と同じで灰色だった。
…変化に気付けなかったのは私。
パタン、と扉が閉まった音が聞こえた。
『…ごめ…なさい……っ』
きつく閉じた瞼の裏に、大好きな一磨さんの顔が浮かんだ。
次に目を開くと、もうカーテンは何事もなかったかのように閉じられていた。
…もう、戻れない。 為す術はない。
私は、まるであの木のように、一歩も動けずされるがまま、風の思い通りに揺らされることしかできないのだ。
『ごめんなさい…』 閉じたカーテンを見つめながら呟いた私の懺悔の言葉は、もう誰にも届かない。
午後の低気圧 (どんなに叫んでも喚いても、それを午後の低気圧がかき消してしまう)
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