『一磨…っ』

怖くなって、真っ先に出たのは大好きな人の名前。


「…すぐに一磨のことなんて忘れさせてあげるから」

『嫌……』
「泣いてるの?」

『…何でっ、』
「ん?」
『何でこんなこと…』


「何で…?そんなの決まってるじゃん、詩乃ちゃんのことが好きだからだよ」

『こんなの…亮太くんじゃない…』

「…俺じゃない?」
私の言葉に、亮太くんは一瞬顔を強張らせてから、それから冷たく笑った。


「俺じゃないって…どういうこと?詩乃ちゃんはさぁ…俺の何を知ってる訳?」

冷笑を浮かべた彼は、私の顎をくいっと持ち上げる。
暗い影が差した赤茶色の瞳が間近に迫る。


『や…っ』

「俺は知ってるよ、君のことならね。一磨の隣で幸せそうにしてる詩乃ちゃんを、ずっと見てたから」
『…っ』


冷笑を浮かべたまま、私の顎に手をかけたまま、亮太くんは更に私に近寄った。
逃げたくても、体が重くて頭が割れるように痛くて、体が震えて、動けない。


『んんっ…ぅ…』
「……ん」


顎を持ち上げられたまま彼の顔が近付き、避ける隙も与えられずに唇が重ねられた。
閉じていた唇を割られ、口腔にたっぷりとした舌が入り込んで動き回る。


一磨さんの、優しくて熱いキスとは違ったそれに、自然と体が拒否をする。

嫌だ、怖い、一磨…助けて…


そう言いたいのに、塞がれた唇のせいでなにも言えない。
それでも、という反抗心から、私の舌を絡めとる亮太くんの舌を噛んだ。


「…っ!」

長く激しい口付けから開放され、私は酸素を取り入れるために思い切り息を吸い込んだ。


『…やだ…』


「…やっぱり詩乃ちゃんは面白いね。思ってたとおり、そう簡単には俺の思い通りにはならないみたい」

亮太くんの冷たい微笑みに、私はただただ恐怖した。


「まぁ、でも…手離すつもりはないから…ね」

だからこそ、俺は詩乃ちゃんを奪ったんだし、と亮太くんに言われ、返す言葉が見つからない。



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