最初は軽いノリだった。
「ねぇ、私と恋人になろうよ」
紳士な彼のポーカーフェイスを壊してやりたかった。
「今日も女の子に追いかけられてたでしょ?」
只の暇潰しだった。
「私が偽彼女になってあげる」
はず、なのに。
最近彼の声を聞く度胸が騒がしい。彼の笑顔を見るだけで苦しくなる。他の女に優しくするなんて許せなくて。どうしようもない苛立ちと悔しさが込み上げる。
他の女と仲良さそうね。
そんな皮肉めいた言葉さえ言えない私は相当重症だわ。
「…柳生くん、帰ろう、」
「あぁ、すみません。では失礼します」
律儀に他の女に挨拶してから私の元へとやって来る彼。私は何分も待たされていたと言うのに。
「どうしたんですか、そんなにむくれて。」
「なんでも。」
そうぶっきらぼうに答えれば、彼は苦笑いしながら相槌を打つ。あぁもう、そんな困った顔しないで。どうして、私はさっきの子みたいに彼を笑わせる事すら出来ないの。
「ねぇ、どっか寄っていかない?」
「いいですよ。どこに行きたいんですか?」
彼は決まってYESを返す。もう半年になるだろうか、この擬似恋愛も。その間、彼が私の問にNOを出した事は無い。その訳は分からないが、恐らくは、私が協力している事への感謝だろう。
「んー、そうだなー…」
「決まって無かったんですか?」
また、困ったような笑い方。もう止めて、そんな笑い方。私が欲しいのはそんな困ったような笑顔じゃない。
「ねぇ、」
声をかけると彼は振り向いた。瞬間、ネクタイを引っ張り引き寄せる。唇を重ねただけなのに、酷く苦しくて仕方無い。
ままごとカップル
(瞑った目から零れ落ちる涙に)
(自分がもう引き返せない程)
(彼に溺れている事に気付いた。)