「はろう、真田君」
彼の後ろから声をかければ、彼は少し驚いた様子でこちらを見た。
その後すぐに表情を硬くして、私から目を背ける。
「おや、挨拶したのに返事は無いのか。つれないな」
「……何の用だ?」
警戒。警戒。邪魔だどっか行け。
彼が頭に描いている言葉達は、おそらくそんなところだろう。
それすらも私の予想の範疇だよ、真田君。
「何の用だ、とはこれまたつれないな。
そういえば君、この前、好きな人に振られたそうじゃないか」
「!」
何故そのことを、といった顔をする真田君に一歩近づく。彼も一歩後ろへ下がった。
私は更に、一歩。一歩。
ずんずんと進んでいけば、彼の背中は廊下の壁にぶち当たった。
「寂しい?」
「……お前には関係ない」
「関係あるから、聞いてるんだってば。
ねえ、真田君。悲しい?」
「…………」
「同性が好き、とかいう理由で振られて。
くやしいでしょう?」
にやりと笑いながら問えば、誰が見ても分かるほどに嫌そうな顔をした。
その瞳の奥には、嫉妬と絶望感が見てとれる。
ああ、私ってば、嫌な女。
人の悲しみに付け込んで。人の弱みに付け込んで。
でもそうしないと、彼女から真田君は奪えない。
「大丈夫、真田君はとてもいい男だよ。
彼女が君の魅力に気付いてないだけだ」
「……は、俺に同情か?
いいご身分だな」
「違う。本心だよ。
私はずっと、ずっと、君を好きだったから分かる」
「な、……」
うろたえるその姿もいいけれど、私のアピールが彼に届いてなかったのは少し悲しいモノがあるかな。
まあ、いいか。
彼の頬にそっと手を寄せて、顔を近づけて、微笑む。
「ねえ、真田君。
君は可哀想だね。一年生のころから小さなその恋心を育ててきていたというのに、つい先月にこちらに越してきた女の子なんかに、好きな女の子をとられてしまって。
ああ、辛いだろう苦しいだろう。羞恥もあるだろう。部活動にも身が入っていないらしいじゃないか。
おいおい常勝立海大とかいう信念はどこへ行ったんだい?
部長にテニス部を任されていたんじゃないのかい?
まったく、女の一人や二人を忘れられないなんて、心の切り替えができないなんて、君は実に弱い駄目な男だな」
ここまで言えば、おそらく彼のプライドは傷つくことだろう。
以前の彼ならば、私を無視してどこかへ行ってしまうぐらいのことをやってのける男だった。
だが、失恋で心はズタズタ。指摘されてプライドもボロボロ。
そんな彼が、私に何かを言える筈もない。
私は、人のよさそうな笑みを浮かべて彼に抱きついた。
抵抗など、全くない。
「彼女のことを忘れるのに…私を利用してみない?」
そう言えば、一瞬だけ彼の身体が揺れた。
私はそれに笑みを深めつつ、抱きしめる力を強めながら彼の耳に囁く。
「大丈夫。
ゆっくりで、いい。私にその身を任せて…」
傷ついている、憔悴しきっている、絶望しきっているその顔を
彼が縦に動かすのを感じ、私は思わず声に出して笑いそうになった。
おいしく味わってあげませう
あなたのかなしみの蜜の味を
これからの、たのしい恋物語を
時間をかけて、ゆっくりと