曖昧ミーマイン

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※2532


恭弥は寡黙で取っ付きにくい男ではあるが、全く会話が成立しないわけではない。複数人でいるのを極度に嫌がるので集団で和やかに会話をするのはかなり難しいが、二人きりとなるとハードルは著しく下がる。話の振り方さえ間違えなければ会話は成立するし、気が向けば恭弥の方から話を振ってきたりもする。一度距離さえ掴んでしまえばそう難しい奴ではない。
昔は何かと戦いを挑んできたが最近ではそれも落ち着いた。戦闘狂は健在のようだが、それが俺に向けられる頻度は格段に落ちた。単に好敵手として見られなくなったんだろうかと密かに落ち込んだりもしたが、どうにもそういうことではないらしい。戦いたいの、と問うた時の恭弥の声は純粋は驚きが滲んでいた。いや、いやいや、戦いたいわけじゃねえんだ。そうじゃない。
お互いの近況から始まって、どっぷり仕事の話になってしまわないように注意しながらつらつらと雑談を続ける。恭弥がばりばりと書類を片付けているのを眺めながら革張りのソファーの上でだるまのようにころころと転がった。お前、デスクワークしてるの似合わないよな。いや、見栄えはするんだが、どうにも違和感があるというか。
特にやることがないので不躾な視線を送り続ける。まあ、こうなることはわかっていたわけだし不満はない。スケジュールを調整して、海を渡って愛しい愛しい恋人のところへ遊びに来たところでその恋人は仕事に追われている。立場が逆転しても全く同じことが起こるので文句は言えないし、言うつもりもない。恭弥が仕事なのは承知の上で、一方的にぺらぺらとお喋りを楽しんで帰るつもりで来たのだから不満はない。断じてない。

「ねえ」

ずっと書類へ落ちていた視線が不意に上がって、俺を見る。見過ぎたかもしれない。じろじろ見られると気が散るから出て行ってくれる? とか、こいつなら言いそうだ。食い下がったらトンファー食らいそうだな、どうするか。適当に煙に巻いて何とかここに居続けよう、そうしよう。そこまで考えたところで、恭弥の瞳に鬱陶しげな色が含まれていないことに気付いた。……あれ? 怒ってるわけじゃないのか。

「貴方、携帯壊したの?」

脈絡のない質問が来た。どうして今そんな質問をするのか。疑問は当然浮上するがここでそれを問えば恭弥は苛立つだろう。そうして「今質問してるのは僕だよ」とか言ってトンファーを……こいつトンファー大好きだな。しかも結構容赦なく殴るからな。あれ痛いんだよな。こぶになるし。

「いや? 機種変更すらしてない」

懐から携帯を取り出して見せてやると、恭弥の眉間に皺が寄った。どうやら機嫌を損ねたらしい。え、なんだよ。どこに機嫌を損ねる要素があったんだ?
「俺の携帯が、なんだよ」
何で機嫌を損ねたかわからないということは、どこに地雷が埋まっているかわからないということだ。そろそろと慎重に言葉を選びながら問う。俺の携帯の何に問題があるのか。心当たりが全く無い。

「…………」
「……な、なんだよ」

無感情な目がじっと俺を見つめる。非難しているように見えるのは俺の被害妄想だろうか。元々寡黙で無表情な奴ではあるが、こうしてじっと凝視されると圧を感じて仕方がない。純粋に居心地が悪い。手の中の携帯を思わず握り締めると、眉間の皺がますます深くなった。な、なんだよ。

「………………メール」

ぽつりと口から出てきたその単語を恭弥が口にするのはもしかすると初めてなのかもしれない。そう思うくらいに凄まじい違和感を伴って、その声は俺の耳へと届いた。メール。メール、と言ったか。

「メールってあの、文字打って送信する電子手紙的なあれのことだよな?」
「他にないでしょ」

もしかすると隠語かもしれない。そんな可能性を打ち消す為に確認を取れば肯定が返ってくる。どうやら俺の知っているメールのことでいいらしい。オーケー、理解した。で、メールがなんだって?
視線で続きを促すと、今度は冷ややかな視線が突き刺さる。さしずめ「言わなきゃわからないの?」というところだろう。普段は何かと察して動いてやってるんだからたまには言葉にしろよ。俺とか草壁とか、そういう理解してくれる人間に甘えてると言語能力が死ぬぞ。と、そんな気持ちを込めて視線を返せば返事の代わりに盛大な溜息が吐き出された。どうやらいくらかは伝わったらしい。

「メール、鬱陶しいくらいに送って来てたでしょ」
「鬱陶しいってお前」

雲雀恭弥は神出鬼没の名をほしいままにする男だ。恋人であるはずの俺でさえも居所を知らないことが多い。流石に草壁にはちゃんと知らせているようだが、恭弥の現在地を知る者は本当にそれくらいもので普段の生活は謎に包まれている。そうなってくるとそう気軽に連絡を取ることも出来ない。おまけに俺と恭弥の間には時差という物理的な障害もある。それを考えると電話という選択肢は早々に消されて、残る連絡手段はメールだけだった。メールなら気が向いた時に読めるし、おかしな時間に届いたとしてもそう迷惑ではないだろう。そう思ってくだらない話を延々とメールという形でしたためてせっせと送っていた。だが最近は送っていない。忙しくてなかなか時間が取れなかったのもあるが一番の理由は、ふと思ってしまったからだ。果たしてこれは読まれているのだろうか、と。なにせ送り先はあの雲雀恭弥だ。群れることを嫌う恭弥は連絡を取ることも当然嫌がる。こいつほど雲の守護者にぴったりな性格をしたやつもそういないんじゃないかと思う。まあ、とにかく、そんなことを思ってしまった。読みもされず迷惑メールフォルダに直行で、古いものから自動的に削除されているんじゃないかとか。そう考え始めると気分がどこまでも鬱々としてしまって、メールを打つ手がぴたりと止まっていた。そうなると連絡手段がなくなるので話したいことが溜まって仕方なく、こうして遠路はるばるやって来たわけだが。

「鬱陶しいだろうなあって思って最近送ってなかったんだよ」
「今更だね」
「今更言うな」

そう、今更である。この習慣は頻度こそまちまちだが恭弥が学生の頃から続いているものだ。確かに今更だ。だが今更でも何でも気になってしまったのだから仕方ない。メールちゃんと読んでるか? なんて問うのは違う気がして。

「貴方が鬱陶しいのは今に始まったことじゃないから慣れてるよ。送りたいなら好きにすればいいじゃない」

……うん?
淡々とした口調ではあるが内容がどうにも、随分と恭弥らしくない。突き放したような言い方は相変わらずだが、俺の感じ方が間違っていないなら多分、拗ねてる。……あの、恭弥が?

「……送っていいのか?」
「そう言ったはずだけど」
「でもお前、読んでないだろ?」

読まずに捨てられるなら送らない方がいいんじゃないかと思う。
すると恭弥がぴくりと眉を跳ね上げた。それから明らかに機嫌を降下させて重低音を吐き出す。何か知らんが地雷を踏んだらしい。

「そんなこと誰が言ってたの」
「いや、誰も……。でもお前、読んでないだろ?」
「何を根拠にそんなことを言ってるのか聞かせてもらいたいね」

根拠。
そんなものは単純だ。我ながら女々しいと思わなくもないが、根拠としてはそこそこに信じるに値するものだとも思う。

「だって、返信来たことねえし」

十数年せっせとメールを送り続けている。恭弥がこういうツールを好んでいないことは知っているし、返信なんて期待していたわけでもない。だがそれにしたって、だ。十数年続けていて恭弥からの返信は一通もない。読まれていないと捉えても不思議はないだろう。それに思い至るのに随分と時間がかかったが、一度気付いてしまえばそうとしか思えなかった。だって一度も返って来ていない。そんなことが果たしてあるだろうか。いくら恭弥と言えどもそれはないだろう、流石に。
淡々とした口調で吐き出したつもりのそれは酷く拗ねた声音で吐き出されて、ぶわりと嫌な汗が伝う。いや、違う。俺は拗ねてるとかじゃなくて、読まれてすらいないんなら送る意味はないから直接話しに来てやろうかと思っただけであって。

「…………なるほど」

ふん、とつまらなさそう鼻を鳴らして、勝手に一人で得心している。おい、何がなるほどなんだ。何がわかったんだ。俺にわかるように説明しろ。

「君の部下、結婚したんだってね」
「……は?」
「結婚祝いに車を贈るのはどうかと思うけどね。本人の趣味だってあるだろうし」
「え、なん、え、え?」

確かに、部下は結婚したし、俺は祝いとして車を贈った。事実だ。だがどうしてそれを恭弥が知っているのか。わざわざ俺の周りのことを調べあげて把握していたんだろうか。いや、そんなことをされれば気付くだろうし、そもそもこいつが俺にそんな形で執着しているとも思えない。それなら、どうして。
俺が目を白黒されていると、恭弥が溜息を吐き出す。呆れています。そう身体全てで表現してから俺の手に握り込まれている携帯を指差した。

「貴方がメールで勝手に教えて来たんでしょ」
「え、だって、メールは」
「読んでないなんて僕は一言も言ってない」

ぴしゃんと言葉を跳ね返される。あまりの衝撃ではくはくと開いた口が塞がらない。ええ…? だって、お前、それは……。

「……読んでるならたまには返事寄越せよ」
「貴方のファミリーのことばかり書いてあるのにどう返せって言うの」
「ワオ、可愛い赤ちゃんだね。今度僕にも抱かせてよ。とか」
「……貴方の中で僕がそんなイメージだって言うなら今すぐ矯正するけど」
「いや、すまん。自分で言って心底気持ち悪いと思った。今のなし」

どこからともなく出現したトンファーが構えられたので両手を挙げて降参する。冗談だよ、そんな怒るなって。

「ん? ってことは、俺のこと書いてるなら返信するのか?」
「気が向いたらね」
「そこは嘘でもするって言えよ」

その妙なところでの誠実さはなんなんだ。
そう言って笑いながら、次のメールの内容をぐるぐると考え始める。話題は沢山あるが、俺のことだけに限定してしまうと決して多くはない。それでも会っていない期間の方が長いくらいなので形にはなるだろう。

「メール来なくなって寂しかったならそう言えばいいのになあ」
「曲解だね」

俺の言葉を否定しつつ、それでもトンファーは飛んで来なかったからつまりはまあ、そういうことなんだろう。

「恭弥から初メール来たら保護か「けたら咬み殺す」

じとりと俺を睨みつける恭弥の目は本気だ。確認のしようがないだろうに、と思いはするがメールの保護は諦めよう。そんなに嫌がらなくてもいいだろ。
恭弥はどんな顔で俺へメールを打つんだろうか。そんなことを考え始めてしまうと楽しくて仕方なく。へらへらと笑えばそれに反比例するように恭弥の表情は険しいものへと変わっていった。


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