曖昧ミーマイン

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吸血鬼なんておとぎ話の世界の作り物だと、ここにやって来るまでは本気でそう思っていた。今だってそう信じたいとすら思う。牙狩りなんて言う胡散臭さの塊みたいな組織に属するようになってそこそこに年数が経つが、世界の裏側を覗いているような感覚には未だに慣れなかった。

「まあ、牙狩りなんて言いつつ事務処理がめんどいのは普通の会社と変わんねえけどな」

そう思えば親近感もアップ……はしないな。存在が嘘みたいな組織なんだからそういうところはリアリティを追求しなくてもいいんじゃないか。その妙なリアリティのせいで俺はわざわざ本部まで報告に出向く羽目になっているわけだし。こちとら全治3ヶ月の骨折してんだぞ? いや、腕だから動けるけどな? たかだが5分位の報告なんだから部下に任せたっていいだろ。なーにが監督者は君だから君が報告に来たまえ、だ。詳細が聞きたいなら俺よりももっと適任がいただろ。
なんてぶつぶつ文句を言いながら片道1時間以上の道のりと七面倒臭い何重ものセキュリティを超えて5分程度の報告を終えたわけだ。これが苛立たずにいられるか。これからまた1時間悪路を走って帰るのかと思うと憂鬱だ。いっそ誰かに絡めば少しは気が晴れるかもしれないが牙狩り本部にはそんなにフランクに話せる奴はいない。ここは基本的に非戦闘員で頭を回すことが得意な奴等か頭の硬いお偉方しか常駐してない。俺が日々現場でサポートしているようなばりばりの戦闘員は任務確認・報告の時くらいしか立ち寄らないだろう。
そんな場所だから、牙狩り本部はとても静かだ。普通に歩いているだけでも足音が酷く大きく響いて萎縮する。居心地が悪い。
悪路を走りたくはないがこんなところにいつまでも居る方が余程耐え難い。早く帰ろうとぐんと足を前に伸ばしたところで、首を傾げた。

「うん?」

静謐に満たされた牙狩り本部にノイズが発生した。遥か遠くから何かが聞こえる。何だこれ。…………うーん? あ、足音か。全力で駆けているらしいそれはばたばたと慌ただしく響く。……ん? ちょっと待て、この音近づいて来てないか? おいおいおい、こっちに一直線じゃねえか。
こっちに向かってきているというか、このままだともろにこの足音の通り道になることに気付いたがその時には足音は目と鼻の先まで迫っていた。咄嗟に半歩後退したのを正解だと知ったのは、靴底の十字架を煌めかせながらそれが頭上から降ってきたのを目視した瞬間だった。

「あ」
「げっ!?」

目の前の階段をショートカットして飛び降りたらしい。ココアブラウンの瞳が俺を認識するなり驚愕に見開かれる。君なんでそんなところにいるの、ってところか。こっちの台詞だわ。何降って来てんだ、シータ気取りか。飛行石持って出直して来い。
とにかく、そのままじゃ俺は下敷きだ。咄嗟に左右のどちらかに動ければ良かったんだろうが、そこまでの機敏さは俺にはない。咄嗟に後ろに身体を傾けて、折れていない方の腕を支えにする。勢い良く傾いだせいで強かに尻を打ち付けた。くそ、これ多分青痣になるぞ。
身体を支える負荷が腕にかかって顔を顰めると同時、降ってきたそれが着地した。俺の胴体を挟んで、俺よりの幾らかサイズのでかい革靴が視界に映り込む。そこそこに高さがあったようで靴底の十字架ががつん、と大きめの金属音を立てた。革靴からくそ長い足を伝って視線を向けるとふつふつと怒りがこみ上げてくる。

「スターフェイズ……!」

恨めしげに名を呼べば、困り果てた笑みがスカーフェイスに貼り付くが残念だったな、俺はシニョリーナじゃねえからそんな顔しても無駄だぜ。

「やあ、マックス。久しいね」
「なーにが久しいねだ、おいコラ。危うく踏み潰されるところだっただろうが」
「ごめんごめん、まさか人がいるとは思わなくて」
「はっ、事故起こす奴の常套句だぜ」
「ははは、全くだな」

俺の上で緩く笑うスターフェイズは、身も蓋もない言い方をするなら人間兵器だ。純粋な戦闘力なら軍隊ひとつ分を遥かに超えるだろうし、何よりこいつは化物との戦闘に特化している。どういう仕組みかは知らないが自由自在に氷を顕現させてこいつは現場の温度を下げる。おかげでこいつと同じ任務だと真夏でも寒さに震える羽目になるわけだ。

「ほんとに悪かったよ。立てるかい?」

身体を支えていた手を地面から離して、差し出されたスターフェイズの手を取る。そうするとぐん、と身体が引っ張られてあっという間に元のように立っていた。体重はそこそこにあるつもりなんだが、スターフェイズは軽々しく俺を起こした。……まあ、こいつ戦闘員だしな。
服についた埃を叩き落としながら、逸らした視線を再びスターフェイズへ向ける。

「……で、何をそんなに急いでたんだよ。ついに修羅場か?」
「牙狩り本部でそれはないでしょ。いや、ちょっと例の三男坊が……げ。もう来た」

ひく、とスターフェイズが頬を引き攣らせる。おーおー、飄々とした色男にこんな顔させられる奴がいるもんなのか、と妙に感心したがお相手が三男坊とくれば納得だ。俺はこいつとそこそこに付き合いが長いが、最近のこいつが新人に振り回されているのは知っている。
頭上に一瞬影が走った。一体今度は何だと頭上を見上げるがそこには何もなく。首を傾げると同時の左の方でどすんと何かが落ちた。スターフェイズがぎゅ、と俺の手を強く握る。やめろ、俺はお前のマンマじゃない。

「スティーブン、何故逃げるのだ」

スターフェイズと同じように階段を当然のようにショートカットしたのはラインヘルツの三男坊だ。何でも吸血鬼に対抗できる血法使いの中でも群を抜く対抗手段を持っているらしい。というか、そもそも家柄からして格が違う。俺は一般家庭の出だがこの三男坊は家からしてこの裏側の世界と深く関わっている。その分プレッシャーも大きいようだが、それに恥じない成果を上げてくれる期待のルーキーだ。普段は寡黙で会話をしてみれば歳相応に可愛らしいんだが、今は気が立っているらしい。容赦なく放たれる威圧感がひたすらに怖い。俺に向けられているもんじゃないからまだ何とかなっちゃいるが。というか、お前らは何で階段を使わねえんだ。
さながら肉食獣のような威圧感を真っ向から向けられているスターフェイズはというと恐怖に顔を引き攣らせながら、あろうことか俺の背後に回りこんだ。おい、ちょっと待て! 俺を盾にするな! お前の方がでかいだから隠れらんねえだろ。腰を落として隠れんな、腹立つ!

「おい、スターフェイズ!」
「スティーブン」

ふたつの声に責め立てられたスターフェイズが俺の肩越しに顔を覗かせる。その両手は俺の肩をがっしり掴んでいる。あああ、これがシニョリーナだったら役得なんだがなあ。180オーバーの色男だからなあ。何の有り難みもない。

「話し合いで解決しないから逃げたに決まってるだろ」
「それは私の願いを聞き入れてはくれないということだろうか。それなら納得のいく説明をして欲しい」

三男坊が大股で近付いてくる。おい待て、怖い怖い。威圧感が痛い。
俺の目の前までやって来た三男坊が、後ろにいるスターフェイズを捕まえようと腕を突き出す。風を切って俺の肩の上を通過した腕は空を掴む。スターフェイズが避けたからだ。三男坊が俺の背後へぐるりと回り込むとスターフェイズも同じだけ俺の周りを回って、俺の正面へとやって来た。おい、待てや血法使い共。何してやがる。

「俺だって暇じゃないんだ。君のサポートばかりはしていられない」
「しかし此度の任務の期間は君には予定は入っていないはずだ」
「…………何で知ってる」
「む。すまない。事前に本部に確認を取ったのだ。君の予定は半年先まで把握している」
「それ、記憶力の無駄遣いだぞ」
「必要な情報だ。現時点で私にとって最も理想的なパートナーは君をもって他に居ない」
「そりゃ、光栄だけどね」

頭上で男が男に口説かれている時どんな顔をすればいんだろうか。逃げ出そうにもスターフェイズにがっちり捕まえられているから動けない。何なんだお前は。俺の彼女か。
眼前で繰り広げられているのはここ最近の、特に珍しくもないスターフェイズと三男坊のやり取りだ。任務の中で何度か組んだスターフェイズとの相性がやたら良かったらしく、ラインヘルツの三男坊はスターフェイズに執心気味だった。スターフェイズの方も吝かではないようで、可能な限り三男坊の応援依頼は受けるようにしているらしいと風の噂で聞いた。そりゃあ、ここまで真っ直ぐ信頼されりゃ満更でもないわな。だいたいはふたつ返事で任務への参加が決まるが時折こうして揉めるらしい。実際に見るのは初めてだが、それに俺を巻き込むとは迷惑な話だ。
三男坊が回り込んで、同じだけスターフェイズが逃げる。結果俺の周りを大男二人がぐるぐるしてるという不思議な構図が完成する。牙狩り本部にそれを止めてくれる人間はいない。おい、何だこれ。誰か助けてくれ。

「別に君と同じ任務に着くことが嫌ってわけじゃないんだ」
「それならば」
「だけど適材適所ってものがあるだろう。今回の任務は明らかに僕向きじゃない。なあ、マックス。君もそう思うだろう?」

いや、知らねえけど。何知ってて当然みたいに話振って来てんだスターフェイズ。俺は一般サポート要員だぞ。適材適所とか知るかよ。ってかぐるぐる回るのやめろ。スピード上がって来てんじゃねえか。酔うぞ。お前らより先に俺が酔うぞ。

「任務地が砂漠なんだよ。そんなとこじゃ僕はろくろく戦えない。明らかに足手まといだ」
「無条件で氷出せるわけじゃねえの」
「君、僕を魔法使いと勘違いしてないかい?」

何でもスターフェイズのそれは魔法と言うよりは科学に近いらしい。何もないところから氷を生み出しているわけじゃなく、空気中や周りから拝借してきた水分を凍らせている。だから水分が極端に少ない場所ではかなり使用が制限されるらしい。ああ、まあ、そりゃあ駄目だな。お前向きじゃあないな。

「しかし私一人では心もとないのだ」
「だから他にいい奴宛てがってもらえばいいだろう。とにかく、今回は無理だ」
「スティーブン」
「……クラーウス」

おお? 何かこいつらお互いの名前呼ぶだけで会話し始めたぞ? 何なんだ、血法使いはみんなその会話方法が出来るのか? そんなわけないよな、お前らだけだよな?
三男坊が足を止めると、スターフェイズも足を止めた。それからじっと俺の頭上で視線が交錯する。今度は視線だけで会話しているらしい。……お前らのぶっ飛び具合には慣れたぞ。もうそれくらいじゃ驚かないね。ただ俺の頭上でするのはやめてくれと切に思う。
じりじりと無言の攻防が続いて、不意にスターフェイズが溜息を吐き出す。三男坊が「ぐう」と獣じみた呻き声を漏らした。

「……悪いね。またの機会に声をかけてくれ」
「私の方こそ無理を言ってすまなかった。今回は君の意見に従い、本部の判断に
委ねよう」
「ああ、そうしてくれ。僕からも声はかけておくよ。きっといい奴が充てがわれるさ」

よくわからないが解決したらしい、俺の頭上で。
一気に空気が緩んで、他愛ない会話で盛り上がりそうなところで挙手して存在を主張する。ここで主張しておかないと忘れ去られてしまうんじゃないかという危機感が強くあった。こいつらの作る空気のせいだろう。

「痴話喧嘩は俺を巻き込まずにやってくれ」

本人達からすれば真面目に討論していたんだろうが、傍から見ると痴話喧嘩と大差ない。そうやってからかうと三男坊の表情が険しくなった。それから視線がいくらか落ちて俺を見据えてくる。怒らせたか? なんて心配は直ぐ様杞憂に変わった。

「誤解があるようなのですが、私とスティーブンはそういった関係にあるわけではないので痴話喧嘩と形容するのは適切ではありません」

皮肉の通じない坊っちゃんに思わず吹き出せば、三男坊は困惑を滲ませてスターフェイズへ視線を向けた。縋るような視線に負けたスターフェイズが自分達のことを皮肉られたのだと懇切丁寧に説明させられているところで俺の腹筋は死んだ。


Blood Butter


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