曖昧ミーマイン

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バケツをひっくり返したように次々に叩きつけられる雨粒が、少年とクラウスのスマホにも容赦なく降り注ぐ。あれは耐水性はなかったから買い替えてやらないといけないだろうな、と記憶している今期の予算から二台のスマホ料金を差し引いた。
音という音を掻き消してしまいそうな雨音に混じって、凛とした声が染み込んで来る。

「憎み給え 赦し給え 諦め給え」

クラウスが何をしようとしているか、血界の眷属(ブラッドブリード)は知らない。だが知らないなりに危険を察したようで距離を取ろうとその身を浮かせようとする。だがそれよりも早くに氷が彼の足を捕らえた。殴りつけるような雨は今に限っては我々ライブラに味方している。これだけ水があれば俺の自由度はぐっと広がる。もがいて逃げようとするのでもう一撃叩き込んで更に強く拘束した。

「人界を護るために行う我が蛮行を」

氷を砕きながら、血界の眷属 > ブラッドブリードが聞き取れない言語を叫ぶ。氷は砕けたところから更に倍顕現して動きを封じていく。逃走は間に合わない。

「ブレングリード流血闘術 999式久遠棺封縛獄(エーヴィヒカイトゲフェングニス)」

ナックルがはめ込まれた力強い拳が血界の眷属の心臓を叩く。途端に噴き出す血液が血界の眷属を締め付けながら覆う。ぎゃりぎゃりと暴力的な軋みを上げながら襲いかかる紅で敵はあっという間に見えなくなり、趣味の悪い繭のようになった血液達が圧縮されていく。そうしておびたたしい量だったはずの血液は血界の眷属と共に掌サイズの真っ赤な十字架となり、クラウスの手中へ収まった。
それを見届けてからクラウスの元へと向かう。

「お疲れ、クラウス」

油断すると雨に掻き消されてしまうので声を張り上げて、そう労いの言葉をかける。クラウスまで届いたの届いていないのか、クラウスはこちらに視線を向けた。髪色と同じネーフルのチョッキは雨をしこたま吸い込んで深みを増している。かく言う僕もスーツが水分を吸い込んで、とても重たい。

「      」

雨で、クラウスの言葉が掻き消された。だが唇の動きで何と言ったかは理解した。そして何より、その表情でクラウスが置かれている状況を理解した。
理解すると同時に駆け出すが、それとほぼ同時にクラウスの身体が傾いだ。幸いにして距離はさほどなかったのでクラウスが倒れ込むよりも早くに、クラウスと地面の間に身を滑り込ませることが出来た。自分よりもひと回り……いや、ふた回りは大きな身体が倒れてくる。片手で支えるのはどう考えても無理なので両手で受け止める。

「クラウス! 大丈夫か!?」

顔を覗き込めば、顔面を青白くしたクラウスと目が合った。長く雨に晒されていたせいか、唇も色を失ってやや青い。まあ、それは僕も同じだろうが。

「……問題ない。ただの貧血だ」

貧血になるのはそう珍しいことじゃない。我々ライブラの構成員の多くは自らの血を武器とする。戦えば戦うだけ血は消費されるし、身体に血が足りなくなれば貧血を引き起こす。クラウスが貧血を起こすのはあまりあることではないが、確かに今回は貧血を起こしても何らおかしくはなかった。長時間に及ぶ戦闘、おまけに天気は最悪の雨だ。血は幾らか洗い流され、武器として使わない内に大地に溶け込んでしまったことだろう。雨のせいで視界は酷く悪く、おまけに雨音のせいで聴覚もろくろく役に立たない。そんな中で雨を吸い込んで重い身体を引きずりながら血を流すのは、とてつもない負荷がかかる。いや、まあ、皆条件が同じと言えばそうなんだが。クラウスの場合は躊躇なく周りを護りながら、庇いながら闘う分負担も大きいんだろう。

「お疲れ。後の処理はしておくから君は先に戻ってろ」

疲労困憊なのは皆同じだが、今回一番疲労しているのは間違いなくクラウスだ。今回は幸いにして人死にはないし、器物損壊も常と比べると随分少ない。後処理もそう手間はかからないだろう。責任を感じて残留すると言い張ってきそうだが、その場合は無理矢理にでも先に帰そう。今なら俺の疲労を鑑みても戦闘力は五分五分だろう。ああ、いや、武力行使よりギルベルトさんや少年を説得に巻き込んだ方が早いか。
これからの後処理とクラウスを早急に帰す段取りを同時に考えていると、クラウスの眼鏡のレンズを大粒の雨が滑り落ちる。内側にもべったり雨粒が張り付いているようだったが、クラウスが身動ぎしたことでぼたぼたとクラウスの顔に落下していく。一瞬、遮る雨粒がいなくなってレンズひとつだけを隔ててオリーブグリーンが俺を射抜く。
色味自体は穏やかなものであるはずなのに、奥でめらめらと光が燃えている。それに気付いてしまって、今の今まで考えていた段取りを全て組み直さなければいけないことを悟った。

「……すまん、クラウス。五分だけ待ってくれ」

後処理に必要な仕事をここにいる面子に脳内で振り分けていきながら、さりげなくクラウスから目を逸らす。瞳の奥から浮上してくる獰猛な色は肉食獣そのもので、その鋭い犬歯で喉を噛み千切られそうな錯覚さえしてくる。
視界の端に燃えるように真っ赤な十字架が映る。この度の騒動のきっかけである血界の眷属を封じ込めたそれはクラウスの右手によって握り込まれていた。力が込められ過ぎた右手はぶるぶると震えて、十字架を砕いてしまうのではないかと恐怖すら抱く。あの十字架が壊れた場合、血界の眷属は解放されるんだろうか、それとも十字架と共に壊れてしまうのだろうか。
周りは水で溢れているのにやけにからからと喉が乾く。喉が張り付いてしまいそうな錯覚を抱きながら、ギルベルトさんを呼ぶ為にすうっと雨粒と一緒に空気を吸い込んだ。










かちん、と控えめにドアが閉じた。それと同時にドアにはロックがかかる。このロックを外から外せる者はごくごく一部であり、大抵は内側から招かなければならない。危険の蔓延るHLでは標準的な防犯システムだ。まあ、僕の部屋の場合は立場上もっと強固で堅牢なシステムなわけだが。

「クラウス、シャワーを浴びてきてもいいか?」

おぞましいくらいに存在感を放って後ろに立つクラウスの方へ目をやって問う。
ここへ帰ってくるまでにタオルで拭いたりしていくらか水分は落としたものの、未だに身体も衣服もしっとりと湿っている。動く度に肌に張り付く衣服は不快でしかなく、出来れば着替えたい。またすぐに脱ぐことになるとしても、だ。
クラウスは答えなかった。雨を含んでやや下へ垂れた前髪が彼の瞳を隠しているせいで、どんな顔をしているかはわからない。ああ、いや、今のは嘘だ。顔なんて見えなくても全身から発しているオーラが全てを物語る。

「スティーブン」

びりびりと空気を震わせるその声で、確信した。名前を呼ばれただけで理解するなんて熟年夫婦でもなかなかないぞ、なんて言われたこともあるが別に特別なことじゃない。クラウスがわかりやすいだけだ。こんなに強く言外に訴えられて、気付かない方がどうかしている。

「オーケー、わかった。シャワーは諦めよう」
「……すまない」
「いいさ、気にするな」

どうせどろどろになる、とは思ってても言わない。以前フォローのつもりでそう口にして散々な目に遭って流石に学習した。火事場にガソリンをぶちまけるのに等しい行為だとわかった上でやるほどの被虐趣味はない。
ギルベルトさんに主な指揮を任せた現場はもう落ち着いた頃だろうか。何かあれば連絡をしてもらうようにはしたが、主人の状態がわかっている彼が連絡をしてくることはまずないだろう。
クラウスの腕を掴んで、引く。雨に長時間晒されてさぞ冷え切っているだろうと思っていたのだが、予想に反して彼の腕は暖かかった。いや、恐らくクラウスの体温以上に僕の体温が下がっているからそう感じるんだろう。そりゃ土砂降りの中で氷に囲まれてれば体温も下がる。

「……冷たいな」
「悪い。まあ、すぐに戻るさ」

クラウスの鋼の理性が生きている内に、彼の腕を引いて寝室へと向かう。
今のクラウスは酷い興奮状態にある。長時間の戦闘で気分が上がって、制御スイッチがイカれる一歩手前だ。今回の血界の眷属がやたら肉弾戦に強く、犠牲が出なかったことが興奮を後押ししているんだろう。出来ることなら気が済むまで組手でもしてやるのがいいんだろうが、骨の一本や二本は早々に折られそうなのでその手段は取れない。それなら打てる手段はこれだろう。僕にしか出来ない、と言えば聞こえがいいので気分も幾らか良くなる。
腕を引いて、クラウスを寝室に招き入れる。寝室は本当に寝る為だけにある部屋で、無駄なものは極力置かないようにしている。そのせいで酷く殺風景になってしまっている気もするが、クラウスの他に誰かを招く予定もないのだから構わないだろう。

「雨、止みそうにないな」

寝室に取り付けられている窓から外の様子が少しだけ伺える。長く降り続いている雨は未だに勢いを衰えさせることなく殴りつけるように降り注ぎ続けていた。少なく見積もっても二日くらいはこの調子だ。確実に異常気象だが何せここはHLだ。これくらいのことがあってもおかしくはない。
電気を点けようか迷って、やめた。どうせすぐ消すことになるんだし、いいだろう。それでも窓から外の景色が見えたままなのは落ち着かない。カーテンだけ閉めに行こうとクラウスから手を放し、て…………。

「……クラーウス」

離れていく手首を掴まれて、今度は僕が捕まった。放してくれないか、と言外に訴える。多分、暗闇のせいで上手くは伝わらなかったんだろうが声音で察したはずだ。だがクラウスは僕の手を放さなかった。

「どこへ行くのだ」
「カーテンを引いてくるだけだよ」

寧ろ逆に問いたいが他に一体何が出来るのか。逃げ出すならもっと早くにしてる。
わかったら手を放してくれ。主張を込めて手を振るが、がっちりと掴まれたまま解放される様子はない。……クラァーウス?

「おい」

上下に腕を振りながら咎める視線を向けると、視線がかち合った。よく見えないが獰猛な獣が、品定めするようや目つきで俺を見ているのはわかる。…………あ、やばい。食わ、れ……。

「必要ない」
「おわっ」

軽々とベッドへ放り投げられて、唐突な浮遊感に思わず声を上げる。ベッドからさして距離があるわけでもなかったので体勢を変える暇もなくベッドに仰向けに沈んだ。着地先がベッドだったので痛みは当然ない。こうなってしまっては脱出はまあ無理だろう。諦めてシャツのボタンに手をかけると、クラウスがのしりと覆い被さってくる。熊に襲われた時の視界はきっとこんな感じなんだろうな、とぼんやり思う。
犬歯の隙間から荒い息を静かに吐き出す。クラウスの頬に手を添えて、腹筋に力を込める。ぐっと上半身を僅かに起こして、引き結ばれた唇に触れるだけのキスを送った。

「靴を脱がせてくれないか」
「……うむ」

クラウスの厚い手が脇を滑り、足を滑っていく。足先に手が届くように足を折り曲げて引き寄せればクラウスの手が僕の武器を包んだ。それなりに頑丈に作ってあるので多少乱暴に扱っても問題はないのだが、彼は決してそうはしない。壊れ物を扱うかのように、力を込める方向を小刻みに変えながら丁寧に靴を脱がせていく。長らく革靴の中に押し込まれていた素足が外気に晒されて力が抜ける。靴が完全に脱げたことを確認してから足を伸ばせば、クラウスの手が逆の足へ伸びていく。それに合わせてさっきと同じようにそちらの足も折り曲げた。

「いつ見ても君の足は素晴らしい。戦士の足だ」
「君、毎回のように言うな」

そんなことを言うのは君くらいだ。
塞がった先から新たな傷をつけていく足は至るところに傷跡が残り、肌はみっともなく引き攣れている。主観的には勿論、客観的に見ても決して見た目が良いとは言えないだろう。だがクラウスは美しいと言う。そういった嘘がつけるタイプでもないので本音なんだろう。それがわかるだけにむず痒い気持ちになる。
そうこうしている間に完全に武装解除され、僕の武器は丁寧にベッドの下へ揃えて並べられる。

「すまない。だが毎回思うのだ」
「ああ、うん。照れ臭いだけだから謝る必要はないよ」

靴を脱がせてもらっている間に開いておいたシャツの隙間にクラウスが手を滑り込ませる。体温差があると言えど流石に手と胴では手の方が冷たいようで、ひんやりとした感触に心臓が跳ねた。
首筋から伸びる赤い刺青に指を這わせて、恍惚とした表情を浮かべる。そんなにいいもんじゃないぞ。
手が空いている内にサイドテーブルの引き出しを開けて、中にあるものを取り出す。蓋を開ける為に上部を握って親指に力を込めたところで、クラウスの手が重なった。

「……ん?」
「私がやろう」

君は何もしなくていい、と手の中のそれを抜き取られる。粘度の高いそれは移動に伴って容器の中でゆったりと揺れた。クラウスとそれの組み合わせのアンバランスさにくらくらと目眩がする。
思わず取り返そうと手を伸ばすが、あっけなく避けられてしまった。

「いいよ、自分でやる。悪いが少し待っていてくれ」
「私では力不足かね」
「そういうわけじゃないが……」

慣れないだけだ。クラウスとは何度もこうして肌を重ねてはいるが、どうにも聖人君子のようなイメージを払拭出来ない。クラウスと淫靡なアイテムの組み合わせはどうにも耐え難いし、クラウスを指が僕の下腹部を這うなんて考えるだけで死にそうになる。それに、自分で触れるのとクラウスに触れられるのとでは同じ場所でももたらされる快感が段違いだ。どうせ最後の最後にはぐずぐずに理性を溶かされるわけだが、それでも出来るだけ長く正気を保っていたいと思う。
それなのにそれを察してくれないクラウスは獣の如く喉を鳴らしながら、親指で軽々と蓋を弾いた。

「一秒でも長く君に触れていたいのだ」
「…………ぐ、う」

クラウスの中ではとっくに確定事項なくせに、瞳に懇願の色を滲ませるのはずるいだろう。










肩口に顔を擦り付けると、もみ上げが頬をくすぐる。
膝立ちになっているおかげで目線はクラウスよりもやや高いが、身体を丸めてクラウスに擦り寄っているのでクラウスを見下ろすことはない。後ろで指が蠢くのがわかってぞわぞわとした感覚が駆け上がる。反射的に震える身体を忌々しく思いながらクラウスの下腹部に当てた右手を動かす。今度はクラウスが震えた。

「ス、ティーブン……」
「んー、何だい?」

筋を下から撫で上げて先端を腹の指でぐりぐりと押す。息を詰めたクラウスにじわじわと愛しさが込み上げる。腕を控えめに掴んでいる左手でクラウスの頭を撫でようと左腕を少し上げたところで、びくりと動きが止まった。ずりずりと内壁を擦って奥に入り込んでくる指の第一関節が、何の逡巡もなく曲がる。

「っ! ……ぅ」

押し広げられる感覚に打ち震えていると、もう一本太い指が押し込まれる。腰を浮かせて身体が逃げようとするが、腰を掴まれてあっさり元の場所へ戻った。

「う、ぐう……ま、て……くら、うす……」

何度やっても慣れない圧迫感に息が詰まる。普段なら予め自分で下準備をするからこんなに圧迫感に悩まされることはないし、それに常のクラウスならここで動きを一旦止める。外見に反して彼はとても臆病で小心者だ。だが今のクラウスは違う。焼き切れる寸前の理性ではブレーキがかからないようで、制止に構わず内側を押し開いていく。ぐぐっ、と指が開かれて身体が逃げを打とうとする。

「っ、ぐううう……くらぁうす……」

図らずもクラウスの耳元に息を吐き出してしまう形になって、クラウスがぎくりと硬直した。次の瞬間には失敗したことに気付いたがもう遅い。随分と脆くなっていたクラウスの理性がぼろぼろと剥がれ落ちていくのを感じる。とにかく何か発言をして意識を別にやろうとしたが、それよりも早くに中に潜り込む指が明確な意思を持って曲がった。

「っ、ひ」
「スティーブン、大丈夫かね」
「…………ふ、ははっ」

大丈夫に見えるかい、クラウス。
痛みの反射で口汚い罵り文句が飛び出してきそうになって、慌てて奥へ押し込める。クラウスが本気で聞いているのはわかっている。まあ、どう答えたところでクラウス坊ちゃんの今後の行動に反映されることないんだろうが。結果がどうせ同じなら少しでも彼の知るスティーブン・A・スターフェイズのままでいたくて、得意のポーカーフェイスで余裕ぶった笑みを作る。

「ああ、平気さ。大丈夫じゃないのは寧ろ君の方だろう?」

放置してしまっていたクラウスの怒張したそれを右手で包み込んで上下に擦る。先端から溢れる液体を潤滑油にわざとらしく水音をさせれば、クラウスの耳に赤みがさした。未だに慣れずに初な反応を示すクラウスを見るのが楽しくて、もう少しからかってやろうかと口を開きかけたところで不発に終わる。
クラウスの指が迷いなく一点を押す。途端にびりびりと甘い痺れが走って口からは意味を成さない母音だけが漏れた。それでもクラウスに添えた右手は意地でも止めないままでいると、びくついた拍子に力を込め過ぎたようでクラウスが身体を硬直させた。だがそれも一瞬のことで、さっきよりも露骨に二本の指が内側を攻め立ててくる。

「う、あ……は、ぐ……。う、うぐ……は、ぁ……」

こういうことはあまり得意ではないはずなのに僕の身体に関しては何でも知り尽くしていて、どうすればいいのかも心得ている。身体を小刻みに跳ねさせながら、徐々に絶頂に近付いていく。身体が逃げ出そうと勝手にもがくがクラウスは構わず押さえつけて、淡々と行為を続行する。

「ぅ、く……っぁ、いっ!」

頭に霞がかかって、内股がびくびくと痙攣する。あと一、二秒この状態が続けば確実に昇りつめただろう。だが、クラウスはここで手を止めた。頂上まで手をかけていた熱が行き場を失って、息に混じる。

「っは、ぁ……? クラウス?」

伏せていた顔を上げて、クラウスに視線をやる。非難がましい目をしていたんだろうが、クラウスは表情ひとつ変えなかった。
ただ、ぴたりと薬指がそこに押し当てられている。その瞬間、何をしようとしているか悟って全身が強張った。

「ま、まてっ! まだ無理だ……頼むからもう少しゆっくり……」

ついさっき二本に増えたばかりなのに三本目なんてまだ無理だ。余裕がないことは締め付けの強さでわかるだろうに、それでもクラウスは止まらなかった。
動きを止めていた二本の指が、押して、捏ねて、確実に快感を引っ張り出してくる。上り詰め損ねて中途半端になっていた身体はあっさりその快感を拾って弛緩した。

「う、あっ! く、くらうす……っ」
「スティーブン、力を抜き給え」
「っは、ぬ、いてるだろ……っ」
「もっとだ。これでは入らない」

力を抜いたところでまだ入らないと思うぜ、と言ったところで無駄なんだろう。言われるままに呼吸を出来るだけ深く繰り返して、油断すると固まりそうな身体を何とか維持する。ここで抵抗したところで後で痛い目を見るのは自分だ。
クラウスの指に妨害されながら深く吸って、吐いて。そしてまた吸い込んだ息を深く吐き出そうとしたところで、三本目が侵入ってきた。

「うっ! いっ……っぐ、ぅ」

みちみちと無理矢理内側を押し広げながら、動きを止めることなく押し進めてくる。何度体験しても慣れることのない痛みにみっともなく叫び出してしまいそうになるのを必死に堪える。

「う、うぅあ……」
「……スティーブン、息を」
「わ、わかってる、よ……っ」

促されて、忘れかけていた呼吸を繰り返す。だが深くしようと思っても、すぐに犬のように浅い呼吸を繰り返すだけになってしまう。
三本目の指は、一応気遣いはしているようで緩慢に進む。いっそひと思いにやってくれた方が楽なような気がしないでもないが。
じりじりとこじ開けられる痛みと圧迫感にひたすら耐えていると、唐突にその動きがぴたりと止んだ。

「……っ、入った?」
「ああ、ようやく三本」
「そう……」

言われてみれば三本入ってる気もするがよくわからない。必死で耐えている間に無意識に両腕はクラウスの首に回り、抱き着く形になってしまっていた。……ああ、うん、やけに声が近いなとは思っていたさ。
ようやくクラウスの指を呑むところまで行き着いたが、本当の地獄はこれからだ。クラウスのそれは指なんかとは比較にならないくらいに凶悪だ。正直まじまじと見る度によく入るものだと他人事のように思う。
やっぱり無理を承知でクラウスを待たせて下準備をしておくんだった。ここまで辿り着くだけで体力をかなり消費してしまった気がする。

「……スティーブン、大丈夫かね」
「ああ、なんとかね……」

元々湿っていた髪が、汗でべったりと張り付いて気持ち悪い。視界に入ってきそうな前髪を指先で流して、息を吐く。行動はたったそれだけ。それなのに、クラウスの肩が跳ねた。………………あ、これはまずいやつだ。

「くっ、クラウス! 待て、待ってくれ! 今のどこに興奮する要素があったんだ? 君はもしかしてあれか? 汗の匂いとかで興奮するタイプなのか?」

不穏にじりじりと動き出そうとしている指の感触を感じ取って、ぶわりと冷や汗が吹き出る。待てクラウス。まだ無理だ。もう少し落ち着く時間をくれ、動くなとは言わないから。頼むから時間をくれ。
少しでもクラウスの理性を引き戻そうと会話を試みるが目が完全に据わっている。これは駄目かもしれない。

「君の匂いならばそれも勿論興奮要素にはなる。……ただ、今回は君の吐く息があまりにも官能的で……」
「……息かあ…………」

そうか、息か。いや、まあ、そういうことしてればそりゃあ官能的な息にもなるさ。これはどうしようもないな。そうか、息に興奮しちゃったか……。それは回避しようがないな。
何より何がどうしようもないって、満更でもない気分になってる俺が一番どうしようもない。嬉しくないわけではないんだ、うん。

「スティーブン」

耳元で名を囁かれてぞくぞくと内側から快感が駆け上る。だがそれが脳天に到達するよりも早くに引き攣れる痛みが走った。

「いっ!?」

辛うじて納まっていた三本の指がぐるりと回転する。押し開かれる痛みと、それに混じる快感で頭が真っ白になる。だらしなく開かれた口を閉じる気力もなく、飲み込めなかった涎が顎を伝う。その感覚すら快楽に変わって、ぶるりと身体が歓喜に震えた。

「ぁ、あっ……あ、ぐ……っは」

血を見ない程度にクラウスの指達は自由気ままに動く。
まだ痛みの方が勝っている。それでもクラウスに名前を呼ばれるだけでどうしようもなく高揚して、その度に痛みが薄れていくような気がした。何か脳内麻薬が分泌されてるんじゃないかと思う。

「うあ……く、くらうす……」

身体が震える間隔がだんだんと短くなって、限界が近いことを訴える。さっきから中途半端になって燻ったままの熱がもどかしく、浅ましく強請るようにクラウスを呼んだ。
すると散々中を攪拌して好き勝手にやっていた指が撤退していく。ごつごつとした関節が内壁を擦る度に脱力してしまいそうなくらいの痺れが走った。

「ふ、ぁ……はっ、ぁ……」

指が抜けたところにぽっかりと空洞が出来てしまったような感覚が残って落ち着かない。乱れた呼吸を整えていると、抜き去られた手が腰を掴んだ。それから身体が己の意思とは関係なく上へ浮上する。クラウスに持ち上げられたと認識した次の瞬間にはぴたりと凶悪な質量を持つそれが押し当てられていた。

「……っ、クラウス。無理だ」

足に力を入れて逃げようと足掻くが、シーツの皺が増えるだけで逃げ出せる気配はない。上半身を捻ってみても結果は同じだ。力で敵わないのはわかっていたつもりだったがこうも力の差が歴然としていると男しての自信を失う。

「クラーウス、頼む……無理だ」

無理だ。無理に決まってる。
いつもの半分も時間かけてないじゃないか。無理だぞ、絶対まだ無理だ。
今にも押し入って来そうなそれを必死に懇願して留めてもらっていると、クラウスが僕を呼んだ。平時は迷いなく力強く響くその声は浴場で僅かに震えている。

「どうか、身勝手な私を許して欲しい」

この言葉にどう答えたところで結果が変わりはしないのを知っている。許したって許さなくたって限界まで来てるクラウスは動くだろうし、僕にそれを止める術はない。だがその上でクラウスは僕の許可を得ようとしている。いっそ無理矢理に暴かれた方が精神的には楽だってのに、クラウスはそうはさせてくれない。

「……君、ずるいな」

君の我儘に、願いに、懇願に僕が弱いことは知ってるだろうに。
その言葉を承諾と受け取ったクラウスは、僕を引き摺り落とす。
侵入を拒むように固く締まったそこを、熱いそれが押し広げていく。

「う、くっ……ぁ、あっ、あっ!」

いつもよりきついそこに、慎重に、だが止まることなくじわじわと熱が埋まっていく。圧迫感に息が詰まるが、それ以上に幸福感に身体が震えた。

「っ、ぐぅ……っは、ぁ、あ……」

息が止まりそうになりながら、それでも何とか半分くらいまで呑み込んだところでふと異変に気付いた。それを言葉にして伝えようとしたが、それよりも先にクラウスが深く奥へと入り込んでいく。真っ白だった思考が恐怖で上塗りされていくのを感じる。

「だっ……! ま、て……ふ、ふか、い……っあぁ……くら、う……すっ」

普段は正常位でしかしないからなのかいつもより深いところまで刺し貫かれているような気がして、腹を食い破られそうな感覚に恐慌状態に陥りかける。引き抜こうと足腰に力を込めるが、クラウスの力には勝てずにこれまでと寸分変わらない速度で腰が落ちていく。そんなわけはないと頭ではわかってるのに、あまりの圧迫感に本当に腹が破れるんじゃないかなんて恐怖が立て続けに襲ってくる。それと一緒に慣れ親しんだ快楽も確かに押し寄せて来るものだから、ふたつが混ざり合ってパニックになる。

「っ、スティーブン……」
「ふ、ぁ! く、らうす……たのむから、っは、ぁ……まっ、て……うぁ!? ふ、かくて、っひ、こ、こわい……っう」

怖い。怖い。気持ちいい。怖い。
嬌声でみっともなく上擦る声で必死に恐怖を伝えるが、クラウスの動きは止まらない。俺が大きく反応を示すと締め付けが強くなるせいか、クラウスが熱を多分に含んだ息を吐き出す。それが耳元に吹きかけられるものだからまた俺が反応して、それにクラウスが反応する。永久機関みたいだ。
嬌声混じりに怖いから待ってくれとひたすらに訴えていると、何度目になるかわからないクラウスの熱い息が耳元に当たる。そして次いで吐き出される言葉は俺にとって絶望的なものだった。

「すまない」

普段の凛とした雰囲気を残したまま、それでも色に塗れた低く通る声が救いの手が差し伸べられないことを言外に告げた。それに絶望を抱くよりも早くに、次の波がやって来る。

「っぁ、あぁ!? いっ、あ……っは! だ、めだ……ぐ、うぅ……や、やぶれる……う、あああぁ、っひ!」
「っ、スティーブン、大丈夫だ……。人の腸はそんなに簡単には破れない」
「うぐ……も、むり、だ……っ。も、はいらなっ……」

怖い。気持ちいい。怖い。気持ちいい。
こういう場で腸なんて単語を出すのは事実であってもどうかと思うぞクラウス。なんて軽口を叩く余裕なんてあるはずもなく。恐怖も快楽もどちらの波も強く、そして間隔を短くしながら襲ってくる。どちらの波にも中途半端に流されて、発狂寸前で踏み留まる。クラウスは押し進めているだけなのに質量が質量だけに問答無用でごりごりと敏感なところを抉られる。
いつにないところまで深く深く挿入されて、喉くらいまで串刺しにされているような錯覚を抱き始めてくる。ひたすらに無理だと主張し続けていると、不意にクラウスの進行が止まった。……ん?

「ん……はい、った……?」
「……ああ、全て」

そう言われて、そう言えばクラウスの肌に密着していることに気付く。強引に開かれてぐったりとした身体には着実に積み重ねられた熱が燻っていて、気を抜くと恥も外聞もなく身体を揺らしてしまいそうだ。
熱が燻っているのはクラウスも同じはずだ。寧ろクラウスの方が酷いんじゃないかと思うんだが、クラウスは静止したまま息を整えていた。僕ほど乱れてはいないが。

「っはは、意外に入るもんだな……」
「ああ……だが君にはかなりの無茶を強いてしまった」
「血は出てないみたいだし、いいさ。ただ……んっ、落ち着くまで少し動くのは待ってくれ」
「無論、そのつもりだ」
「そうかい? ありがとう」

クラウスは嘘をつかない。だから本当に僕が落ち着くまでは待ってくれるんだろうが、それはあくまで現時点の話だ。今のクラウスの理性は大層脆くなっていて、崩れては淡く再構築されての繰り返しだ。何をきっかけに理性が崩壊してしまうかなんてクラウス自身にもわからないだろう。だから安心は出来ない。僕に今出来ることは息を整えることに集中することだ。
静かに息を整えている間、手持ち無沙汰になってしまったクラウスが僕へキスを落とす。肩口を中心に痕がつかないように落とされるそれはただただくすぐったいだけだが、クラウスが楽しそうなのでされるがままにしておく。

「雨、止みそうにないな」
「うむ」

部屋が暗く、外もすっかり暗くなっているせいでぼんやりとしか外の様子はわからないが依然として叩きつけるような雨音が外の天候の激しさを伝えている。雨は勢いを落とす様子すらなく、ひたすらに降り続けていた。

「これ、大丈夫なんだろうな。あんまり長引くとHLが水没とか……」
「どうだろうか。もう少し様子を見て雨が止まないようなら対策を練ろう」
「ああ、そうだね」

とは言え、人の力で天候なんてどうしようもない気もする。いや、牙狩り本部の力を借りればなんとかなる、か? それなら応援が来るタイムラグも考えてもう少し早めに動かなければいけないのかもしれない。
うっかり仕事モードに頭を切り替えてしまっていると、クラウスが咎める声音で僕を呼ぶ。クラウスとは仕事で一緒にいることが多いだけに少し気を抜くと仕事モードに切り替わってしまうことが多い。

「あ、すまない。気を付けるよ」

謝罪と共にクラウスの頬に軽くキスを送る。それだけであっさりとクラウスは水に流してくれたようで鷹揚に「うむ」と返って来た。いや、まあ、最初から怒ってはなかったんだろうけど。
そうしている内に息は大方整って来た。もう再開しても大丈夫だろうか。いくら待ったところで動かしたら辛いのは変わりないだろうし、こればっかりは慣れるしかない。

「……クラウス」

恐る恐る名前を呼んだ。それだけでオリーブグリーンにぎらぎらとした光が宿る。その強さに若干怯みつつも再開を許可しようとしたところで―――世界が眩んだ。
昼間が戻って来たかのように、光が一瞬だけ窓から入り込んで来て部屋中を明るく照らす。急激な明るさに目がついていかずに、明るさだけが目に焼き付いた。それを払拭する為に何度か瞬きを繰り返している内に、光は何事もなかったかのように消え失せて暗闇が帰って来ていた。そして次にやってくるのは、空気を切り裂くような轟音。

「う、わっ」

光の正体は雷だとはわかっていた。だから遅れて音がやって来るのもわかってはいた。わかってはいたが、音は想像を遥かに上回る速さと音量でやって来た。予想外の出来事に心臓が跳ねて、身体もそれに連動する。驚いた拍子にクラウスを締め付けてしまって、じわりと広がる快楽に喉が震えた。

「っ!」
「っふ、は……。す、まない、クラウス。だいじょう……」

今まで緩く掴まれていた腰を強く掴み直されたことに気付いて身体が強張る。どうやら大丈夫ではなかったようだ。元々ぎりぎりのところで耐えてくれてたのにわざとではないにせよあんな煽るような真似したらそりゃあ保たないだろう。すまんクラウス、不可抗力だったんだ。

「スティーブン」
「……お手柔らかに頼むよ。君が本気を出すと死んじまう」
「善処しよう」

言うなり身体がクラウスの両腕の力で持ち上げられる。一応自力での上昇も試みてはいるがぐずぐずと震える足腰では気休め程度の援助にしかなっていないだろう。身体から引き抜かれる感覚にぞわぞわと鳥肌が立つ。その次を知っている身体が浅ましく期待に打ち震えている。次に来る快楽を待ち焦がれている。だが一方で強過ぎる快楽に怯えてもいる。
八割ほど引き抜かれたところで、クラウスの動きが一度止まった。そして次の瞬間には一切の加減なく、落ちるところまで引き摺り落とされた。
あまりの衝撃に視界に星が散る。衝撃を少しでも逃がそうと足掻く身体は無意味にその背を仰け反らせた。

「あぐっ! うあっ、ひ、うぐっ……ぁ、あ、っあ!」

暴力的な質量がごりごりと容赦なく内壁全てを抉りながら再び刺さる。鋭利な快楽が心臓を握る度に、身体がもっと先を強請るようにクラウスを締め付ける。その度にクラウスが息を詰めて、喉からは獣じみた呻き声を吐き出した。
最奥まで突き上げられた衝撃を受け止めきれずに痙攣していると、再び身体が浮上する。制止の声すら上げる余裕がなく、上昇をやめた次にやって来る波に押し流された。

「あ、っは……ん、っひ!? く、らう……あっ! んぐっ……ふっ、ぅ」
「っふ、スティーブン……っ」
「っあ!? うあっ……ふか、い……ひ、ぐっ! うぐ……ふっ、はぁ……」

スティーブン、と欲に濡れた声で呼ばれて頂上に足がかかる。継続的に与えられる濁流のような快感がそれを押し上げ、頭の中を霞で覆った。

「っくらうす! っあ、ぁっ! くらぁ、うす……っひ」
「っ、ああ……承知した」

声で、視線で、みっともなく懇願するとそれで察したクラウスが一点を狙って突いた。狙わずとも常時当たりはするが狙って抉ると衝撃は何倍にも膨れ上がる。それがトリガーとなって、身体が今までになく大きく跳ねた。と、同時に白く粘度のあるそれがクラウスの腹を汚した。一度も触られていないそれがびくびくと震える。

「っひ、ぁ……すま、ない。汚した……」

グローボをつけておくべきだった。夢中になるとつい忘れがちだ。女性との時はそんなことはないのに、どうにもクラウス相手だと上手く気が回らない。
余韻に打ち震える俺を刺激しないように動きを止めたクラウスが、苦しげに呼ぶ。クラウスは未だ一度も吐き出しておらず、今は絶頂の余韻で収縮する内壁に刺激され続けているわけだからそんな声になるのも当然と言えた。

「スティーブン」

名を呼んでいるだけなのに、縋り付くような懇願の色が滲み出て俺の心臓を突き刺す。本音を言うならもう少し待ってもらいたいんだが、君にこれ以上辛い我慢をさせるのは本意じゃない。

「っは、いいぜクラウス。僕も君が欲しい」

砕けて端々に散った余裕を掻き集めて、挑発的に微笑む。こういう時、こういう表情が相手にどんな変化を及ぼすかはよく知っている。元より心許なかった理性の糸は、糸切り鋏を使うまでもなく触れただけであっさり千切れた。
歯軋りが聞こえてきそうなくらいに食い縛られた口の端から熱い息が漏れ出てくる。オリーブグリーンの目には震えながら気丈に振る舞う滑稽な男が映り込んでいた。
クラウスの手によって上昇したかと思うと次の瞬間には引き摺り落とされて、一番深いところまで繋がる。その衝撃を逃しきれずにびくびくと震えていると、また身体が浮いた。

「ぁ、あっ! まっ、くらうす……っひ!? は、はやい……」

中を抉りながら刺し貫かれて、悲鳴がひっくり返る。許容量を超えた悲鳴は音にならず、今にも詰まりそうな息だけが吐き出された。

「か、っは……っ。ぅ……くら、っ……」
「っく……スティーブン、もう……」
「うっ!? うあっ、あ、っあ、ぁ、っは……」

肌がべったりと密着したかと思うと、中に埋まっているクラウスが震えた。それから動きが止まる。
一度吐き出して幾らか理性を取り戻したクラウスがうりうりと頭を擦り寄せて来る。そうしてると本当に君は犬みたいだな。普段は百獣の王って感じだけど。
ずっとクラウスに掴まれていた腰が鈍く痛む。ううん、これは多分後々クラウスの手の形そのままに痣になるな。知られると気に病むだろうから頑張って隠そう。

「クラウス、体勢変えていいかい?」
「それは構わないが……理由を聞いてもいいだろうか」

クラウスの瞳に不安の色が過る。体勢のせいでどこかを痛めたりしたんじゃないかと心配してるんだろう。まあ、これ以上腰を掴まれ続けてると骨にヒビくらい入りそうな気もするが、原因はそれじゃない。言いたくはないが、言わないとクラウスは納得しないだろう。誤魔化す方法を何パターンか考えてみたが、脳内シミュレーションの時点でクラウスに押し切られたので諦めて素直に理由を口にする。

「……突き破られそうで怖いんだよ」

さっきまで譫言みたいに散々主張していたが、やっぱり今でも怖い。頭では大丈夫だろうわかっているが、思考が霞んだ状態では本能が恐怖を訴える。怖いものは怖い。

「……確かに、絶対にないとは言い切れないが」
「はははっ、怖いことを言うなあ。じゃあ異論はないってことでオーケイ?」
「ああ」

クラウスの了承を得たところで、両手をベッドにひたりとつける。足の力だけで抜け出そうとしても途中で腰抜けになる気がしたからだ。ベッドについた両腕を補助にしつつ、そろそろと腰を浮かす。腕に力が入って、シーツが指先に乱された。

「っん、は……」

込み上げる快楽からは極力目を逸らしながら、未だに硬度を維持しているそれを引き抜いていく。自分の意思で動かしているからか、これまでほどの暴力的な快感はない。クラウスからの視線を感じつつ半分ほどまで引き抜いたところで、不意に部屋中が明るく照らし出された。一瞬明度を増した部屋で、またゆるゆると反応を示し始めている自分のそれを視界に入れてしまって無性に死にたくなる。次いで焦りが身体中に広がった。
光はすぐにその力を失い、静謐な暗闇が戻ってくる。この次に何がくるのかわかっているが、わかっていたところで反射的に反応してしまうだろうことは安易に予想がついた。さっさと引き抜いてしまおうと足に更に力を込めるが、遅かった。

「っ、ん!」
「くっ、ぅ!」

空気を切り裂きながら鼓膜を支配してくる轟音に、身体が恐怖で跳ねる。まだ半分埋まっているクラウスのそれを容赦なく締めつけてしまう。ぽっかりと空間が出来てしまっている奥の方は特に浅ましく収縮を繰り返し、締め付けるものを探していた。
急な締め付けで息を詰めたクラウスに謝罪を向けようと顔を上げたところで、腰を鷲掴みにされた。ぐ、とその手に力を込められたかと思うと、一気に身体が浮上してずるずるとクラウスが抜けて行った。元の状態に戻っただけなのに酷い喪失感に襲われていることを自覚して居たたまれなくなる。抜け出ていったそれを探すように収縮を繰り返すのを止めようと深呼吸を始めたところで、ぐらりと身体が傾いだ。

「う、わっ」

クラウスに軽く胸元を押されただけで身体はあっさりと仰向けに倒れる。後頭部が低反発枕に包み込むように受け止められて、両足がクラウスの肩にかけられる。空いたばかりの空洞にひたりと熱が押し当てられて、身体が震えた。拒みたいのか誘いたいのか自分でもよくわからないままにクラウスにそろそろと手を伸ばす。だがその手がクラウスに届くよりも早く、狭いそこをクラウスが押し拡げた。

「う、あっ……! ん、く……っふ、は……あぁっ」

一度こじ開けたからなのか躊躇なく最奥まで押し込まれて、びりびりと痺れるような快感が走り抜けた。それを逃がそうと無意識に身体が反る。駆け抜けた後でもじわじわと余韻を残す快感に打ち震えていると、クラウスの右手がひたりと腹部に乗った。腹筋の割れ目をなぞるその感覚ですら快感にすり替わって、熱い息に変わる。割れ目をなぞって臍のあたりまで到達すると、横に滑って横腹を撫でる。

「ふ、はっ……くくっ……く、らうす……。くすぐった……」

横腹を撫でられるくすぐったさに悶えるが、その反応が楽しかったのか手の動きは止まらない。手を掴んでみるが力なんてろくろく入らないので縋り付いているような形で終わってしまう。

「ひっ、は……ふ、ふ、っふ、くくっ」

されるがままに悶えていると、クラウスの眉間に皺が刻み込まれる。いや、前髪に隠れて見えないが。目の細め具合からして眉間に皺は入ったはず。
優しく脇腹を撫で回していた手が、不意に離れていく。ほう、と安堵の息を吐き出していると、光で目が眩んだ。ふ、と暗闇が再び視界を覆った次に何が来るのかはもうわかっている。それでも空間そのものを切り裂いてしまいそうなくらいの轟音に鼓膜を支配されて、大仰に身体が驚く。

「っく、うぁ……」
「っ」

まるで型でも取ろうとしているかのようにクラウスのそれに内壁が吸い付く。どんな形のものがどれくらい深くまで埋め込まれているのか再認識して、今更恥じることでもないとわかっているのに頭に顔に血が集まる。熱に浮かされて無様な言葉を吐いてしまわないように口を固く引き結んでいると、クラウスが何の予告もなく律動を開始した。大抵の場合は何が一言声が掛かるのですっかり油断してしまっていて、落ち着き始めていた呼吸はあっさりと裏返る。

「っは、んん……。くっ、ぅん……っふ、ぐ。う、あっ!? あっ!」

狙いを澄まして一点を突かれて、身体が過剰に反応する。陸に上げられたばかりの魚のように跳ねる身体を必死で押さえつけながら見上げると、不安げに揺れるオリーブグリーンと視線がかち合った。

「スティーブン、その、気持ちいいだろうか」
「っ、は、ぁ? そっ、れ……言わなくちゃ駄目かい……っ」

今にもひっくり返りそうになる声を何とか押さえつけながら、それだけ何とか言葉にして吐き出す。クラウスと肌を重ねるのはこれが初めてじゃない。初めこそおっかなびっくりで辿々しかったクラウスも徐々に色々なことを吸収して、殊更僕の身体に関しては隅々まで知り尽くしている。多分、僕よりもクラウスの方が僕の身体に詳しい。だからどこをどうすればどうなるかなんてもうとっくにわかっているはずで。それなのにクラウスは心底不安そうに僕を見る。羞恥プレイの一環だろうかと考えもしたが、そういうことをするタイプでもないし、何より目の前のクラウスは本気で心配している。わかるだろう察してくれ、と目で訴えかけるが「君の声で聞きたい」と来た。……ずるくないか、それ。そんな風に懇願されて、俺が断れるはずないだろう。
気を抜くと浮上してくる羞恥心を端へ端へと追いやって、不敵な笑みを貼り付ける。至って普段通りに発したつもりの言葉は音になると恍惚としていて、思わず舌打ちをしたくなった。

「いいよ、クラウス。とても気持ちいい。もっと欲しいくらいだ」

羞恥を殺して渋々絞り出したが、紛れもない本心だ。今だって波打つ快感に理性を持って行かれないようにするのに必死で、力任せに快感を送り込まれればあっさり堕ちるだろう。そして、今の発言がそのトリガーになってしまうことはわかっていた。わかっていたが、クラウスの願いを受け入れてしまう甘い自分がいる。
中に収まるクラウスのそれがぶるりと震えたかと思うと、いつにも増して熱い息が大量に吐き出される。流石にこれは予想外で、口を半開きにしたまま瞬きだけを忙しなく繰り返す。

「……クラーウス?」

劣情を煽る結果になるのはわかっていたが、ここまでだとは思わなかった。ええと、フォローした方がいいんだろうか。それとも気にせず普通に接するのが正解か? いや、自分の立場に置き換えて考えると何も言わない方がいいのか。判断しかねていると、クラウスが動き始めた。予期していなかった動きに声が裏返る。

「ひっ、ぐ、ぅあっ。くら、うす……っは、」

ぎりぎりまで抜けていったかと思うと、隙間なく奥まで満たされる。今までより狙いを絞った動きで、追い詰められているのはわかったがわかったところでどうしようもない。ろくろく回らなくなってきた舌はクラウスを呼ぶだけで一杯一杯で、次の言葉を吐き出すほどの余裕がない。
執拗に感じるところを抉り続けていたクラウスが、ぐっと一番奥まで熱を押し込む。ちかちかと視界が眩んで、意思に関係なく身体が強張った。クラウスの肩にかかる足はぴんと伸びて、けれど指先だけは丸まって空を掴んだ。

「ぁ、っは……ふ、っう」
「っ、スティーブン、息を」
「っわ、かってる、さ……」

強張って息を忘れていたのを思い出して、浅く呼吸を繰り返す。そうして息を整えている間、クラウスは汗でべったり張り付いた僕の前髪をさりげなく横へ流した。それからの傷跡を指先でなぞる。くすぐったい。

「……っは、少しは、落ち着いた?」
「ああ、君のおかけで」

ここにやって来た時は極度の興奮状態にあったクラウスだったが、何とかそれなりの落ち着きは取り戻したらしい。今回はまだ理性が残ってる方だったのでそこまで酷いことにはならなかったなあ、なんてのんびり思う余裕すらある。それでもまだ完全に興奮状態から抜けたわけじゃないのは、時折ぐるると鳴る彼の喉が知らせてくれていた。

「スティーブン」

おずおずとクラウスが僕を呼ぶ。何を言いたいのかはわかっていて、先回りしてやることは可能だったがやめておいた。甘やかしているんだか甘えているんだか自分でもよくわからない糖度の高い声音で「なんだい」とだけ応える。それでもクラウスは申し訳なさそうに口を開いた。

「すまない、その、まだもう暫く付き合って貰ってもいいだろうか」

熱はまだ燻って、クラウスの理性を脅かしている。そんなに簡単に沈静化出来るものでもないのはわかっていたし、寧ろ予想よりも早い理性の帰還にほっとしてるくらいなのにそれでもクラウスは申し訳なさそうにしている。そんなに気にしなくていいのに。最初に請うたのはクラウスだが、それを許したのは僕だ。その時点で気に病むことなんて何もない。

「いくらでも付き合うさ。今の僕は君のものなんだから好きにするといい」
「……スティーブン、自分を物のように言うのはやめ給え。君には君の意思があるのだから、そういった言い方はその、」
「ああ、好みじゃなかったか。悪い。それならどういうのがお好みか教えてくれないか、参考までに」

紛れも無い本心なのだが、あまりお気に召さなかったらしい。我儘な坊っちゃんだ。
僕の言葉を真剣に受け止めたクラウスは「むう」と唸る。さて、どんな言葉が返ってくるものかと楽しみに待っていると、答えが見つかったようで犬歯の覗く大きな口が重々しく開かれた。

「君の言葉で、君の望みが聞きたい」
「っふ、ははっ」

笑ったせいで中が震えて、クラウスが息を詰めた。
君らしいなあ、クラウス。もうやめてくれ、と言ったら解放してくれるんだろうか。そんな意地悪なことを考えるだけ考えて、実行には移さない。この紳士で身勝手な坊っちゃんは俺が拒否しないのを知っていて、こういうことを言う。ずるい奴だ、と罵りたくもあったがこれも実行には移さなかった。代わりに酷く甘ったるい声で、クラウスの要求に応える。

「君の好きにしてくれ。君に滅茶苦茶にされるの、結構好きなんだぜ」

知らなかっただろ、と続けようとしたところで音にならなかった。ぬるりと入り込んで来た厚い舌に絡みついて応戦する。テクニックも何もなく口内を荒らし回った舌は程なくして引き抜かれた。そして、オリーブグリーンに射抜かれる。

「スティーブン、覚悟はいいだろうか」
「……死なない程度に頼むよ」

この物騒なHLで腹上死なんてそれはそれで幸せなのかもしれないが。
自信なさげに「了解した」と返してくるのが楽しくて、もう少し追い詰めてやろうかと口を開きかけたが阻止された。口に突っ込まれたクラウスの指がばらばらと口内を犯す。

「ふっぅ、ぐ、んっ」
「スティーブン、あまり刺激するのは控えてくれないだろうか」

断る、と言葉に出来ない代わりに指に絡みついて答えると、クラウスの毛という毛がぶわりと逆立った。
クラウスとまともな会話が出来たのはこれが最後で、次に交わした言葉は疲労が色濃く滲み出た「おはよう」だった。


王者の寄る辺


戦闘後に昂ぶるテンプレネタ

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