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「服を脱げ」
やって来るなり開口一番、ラースはそう言い放った。
ラースが突飛なのは今に始まったことでもないが、あまりに意味がわからない。意味がわからないが故にいかなる反応も出来ずにいると、苛立ちを隠そうともせず声を荒げた。
「全裸だ全裸だ!俺が良しと言うまで着衣は許さん!」
「お前は俺に対してどんな権限があると言うんだ……」
横暴にも程があるだろう。
俺はラースに甘いところがあるが、流石にこの暴力的な意見は受け入れられない。さて、どうやって躱したものかと思案しているとラースが脇腹に突進してきた。
「うぐっ!」
そこそこの勢いで突進してきたラースはあっという間に俺の胴体に巻き付く。そうしてぴたりと動くのをやめた。何なんだいった…………あ。
「お前、もしかして寒いのか?」
ラースは割と人並みだ。魔法やら容姿やら常識やら人並みでないことも多いが根は常識人だし、超人には程遠い。だから気候の変化にも人並みに弱い。
そういえば確かに今日は肌寒いな、なんて思ったところで思い切り睨み上げられた。
「お前は肉厚だから大して寒くないんだろうけどな!何だこの薄着!風邪引くだろうが!ぶくぶく着膨れろ!肉襦袢でも着てろ!」
「心配なのか嫌がらせしたいのか統一しろ」
後半は世話焼きなお母さんのようになっていたが、元々こんな感じなので気にしないでおく。心配されているのだろう。まあ、最大の目的は俺で暖を取ることなのだろうが。
「悪いがまだ暫くかかりそうだ。化けるわけにはいかん」
暇なら湯たんぽになってやってもいいわけじゃないが、とにかく今は無理だ。それはラースもわかっているのか不機嫌そうにそっぽを向いた。
「仕方ねーから人の身体で我慢してやる」
「どこまでも上からだなお前は」
この程度で腹が立つ、なんて今更なのであり得ないが。
そこからも何だかんだと騒いで邪魔をしてくるのだろうと覚悟していたのだが、予想に反してラースはぴたりと黙り込んだ。
「……」
「……」
「ラース?」
「……あ?」
静かなのは喜ばしいことだがあまり静かなのも不気味だ。何か良からぬことでも企んでるんじゃないかと邪推してしまう。
そう思ってちらりと顔を覗き込めば、ラースは僅かに緩んだ表情でじっとしていた。……どうやら本当に寒かったぢけらしい。
「……邪魔したら追い出すからな」
「おー……」
ぼんやりした返事である。まあしかし相手はラースだ。数分後には今の約束なんてすっかり忘れてちょっかいをかけてくる可能性は十二分にある。警戒はしておかなければいけない。
「獣だけあって朖さんよりあったけえ……」
「お前、朖さんにもやったのか」
その絵面はどうなんだ。いや、今もたいがいアレだが。
「んー……」
「おい、寝る気か」
暖が取れて眠くなってきたらしい。つくづく動物的な男だ。
まあしかし元気にちょっかいを出されるよりは寝ていてくれた方がいいかもしれない。寝相は悪い方ではなかったはずだ。寝起きはよろしくないが。
「……眠いなら寝てろ。当分動かんが動く時は起こすぞ」
「おー……」
返事が既に沈み始めている。そんなに眠いか。
それでもうつらうつらと舟を漕いでいるのでやや乱暴に頭を撫でてやれば、頭が深く沈んだ。
「……かてえ」
ぼそっと零された失礼極まりない発言は聞き流しておいてやることにしよう。
寒い内にやっておきたかった