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これは夢なのだと、何故かは知らないが確信していた。
後付けで言うなら周りには不自然なくらいに何もなかったし、そのくせどこかに閉じ込められている風でもなかったからだろうか。というか、何よりも。
「死んだからな」
宗像に胸を貫かれて死んだ、はずだ。それからの記憶がないから断定は出来ないが。
ああ、もうひとつあった。これが夢だと言える根拠。
「……人の夢に勝手に出て来てんじゃねえよ」
「おや、私の夢に貴方が出て来ているんでしょう?」
宗像礼司。
胡散臭い微笑みと胡散臭い慇懃無礼さを貼り付けて、胡散臭いを具現化させたような胡散臭い男。
何故かは知らないが奴が目の前にいた。夢で確定だ。死んでいるならこうして会うはずはないし、生きているなら宗像が生きているはずがない。自分のダモクレスの剣が落ち始めているのを、最期に確かに見た。
「他に誰かいんのか」
「いえ、今の所は他には誰もいないようですよ」
にこにこと笑みを浮かべるその姿に神経を逆撫でさせられる。
「それなら敬語やめろ」
周りに誰かいるなら譲ってやってもいい。だが周りに誰もいないなら敬語を使う理由はどこにもない。
不快感を隠すことなく押し出せば、宗像は楽しそうに笑みを零した。
「相変わらずだな」
「お前もな」
もう会うことはなかっただろうに。それでもこうして会うと何事もなかったかのようにいつもと変わりない会話になる。そういうところは嫌いではなかった。
建設的な会話をすぐにするのもいいが少しくらいはこうして意味のないやり取りをするのも悪くはないかもしれない。そんな風に考えるくらいには自覚しないうちに暇を持て余しているらしかった。我ながら気持ち悪い。
そんなことを考えて眉間に皺を寄せていると、宗像の笑みが変化した。一見大して変化がないように見えるが、何かが確実に。
「お前のそういうところ、好きだった」
聞き慣れない単語を決して口にすることがないであろう奴が言うものだから。
思わずそっちを見れば宗像がいつものように笑っていた。
「その間抜け面は初めて見るな」
心底楽しそうに笑っているのが面白く無い。とりあえず開いたままになってしまっていた口を閉じて、宗像を睨む。
「何企んでんだ」
「酷い言われようだな」
裏を探られているにも関わらず宗像は相変わらず楽しそうだ。元々余裕を崩さない奴ではあるが。
裏を探ったりするのは正直得意分野ではないのでどうしたものかと考えていると、宗像の表情がまた変わった。わずかに歪んだ気がした。
「信じないだろうが、裏なんてない」
いつもの胡散臭い喋りではないせいか、その言葉は信じられるような気がした。いや、この男はそう簡単に信用出来ないが。
俺がまだ疑っているのがわかっているのだろう。宗像は表情を歪めたままで。
「夢でくらい本音を言っても構わないだろう」
好きだった、と。
対立してきたはずの男はまるで伴侶に向けるそれのようにそう繰り返した。
「夢か」
「夢だろう」
夢でないはずがない。
それは俺もわかっているがそれにしては妙に実感があるような気がして。
それでも夢であることは間違いなく。
何か決定的な返事をしてしまうと夢が終わってしまうような気がして、否定も肯定も口から出てくることはなかった。
尊礼だと言い張る