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「あ」
しまった。
そう思うにはあまりにも遅すぎた。
引っ掛かった服は引っ掛かったままその場に留まって伸びる。突然のことに頭は追いつかず、あっさりと裾は破れてしまった。
そしてそれを巽君が見ていた。それだけ。
「……おい、大丈夫か」
律儀に声をかけて来てくれるのを見てやってしまったと思う。破れたのが上着だからまだ良かったものの、それでも油断していた。学校も終わったことだしもう帰るだけなんだけど巽君はすごく心配してくれている。
「ああ、うん、大丈夫……」
「怪我してないか?」
「うん、服が破れただけ」
大したことない。そう言うのに巽君は心配そうに僕の方へ寄って来る。心配してくれるのは嬉しいんだけど本当に大丈夫だ。
さて、どうやってこの話を切り上げようか。そんなことを考えていると巽君がおもむろに何かを取り出した。
「……ソーイングセット?」
巽君が取り出したのは意外なことに、ソーイングセットだった。見かけによらず可愛いものが好きだったり、裁縫が得意だったりするのは知っていたけどまさかソーイングセットを携帯していたとは。日頃の巽君を思えば何らか不自然でもないのだが、やはり外見とのギャップは拭えない。
そんなことを考えていると巽君は上着を脱いで、僕の方にそれを突き出して来る。咄嗟に理解出来ず、思考が止まる。
「……?」
その行動にはどんな意味があるんだろうか。そんなことを考えていると、焦れた巽君が答えを教えてくれた。
「上着、縫った方がいいだろ。上着脱いだらまた寒いだろうから縫い終わるまでは俺の着てろ」
そう言っている間にも空いている方の手はくるくると糸を引き出している。これは素直に縫ってもらった方がいいんだろうか。腕は確かだろうし、このまま帰ったらこの服は捨ててしまうかもしれない。
「……ありがとう」
親切は素直に受け入れておこう。
上着を脱いで巽君に渡す。それから巽君の上着を受け取った。体格が違うので着る前からサイズが全く合っていないのがわかる。それでも今更やっぱりいいですとも言えない。だから大人しく腕を通してみた。やっぱり大きかった。
まあ、文句を言える立場でもないけど。
「困った時はお互い様だろ」
「……そうだね」
外見に反して、巽君は優しい。こういう風にいい意味で外見に反する人間になりたいと思う。素直に羨ましい。
もしくはここでその気持ちを素直に言葉に出来れば鳴上先輩のようになれたのかもしれない。僕には結局どちらも出来なくて、だからこそどちらにも憧れた。
それでも僕は僕であるしかないのだろうけど。
完二はソーイングセットを常備していそう、という話
2012.05.03