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僕は目立つ。僕は小柄だ。僕は女性だ。
それは努力でどうにかするには難しい事実で、理解はしていた。でも流石にこれは予想出来てなかった。
「白鐘、好きだ!俺と付き合ってくれ!」
これは困った。僕は当然ながら交際の経験はない。そんなことを言われてもどう対応していいのかわからない。
「……すみません、今は仕事に集中したいので」
今はそういう気持ちにはなれない。この人個人が嫌なわけでは決してないけど、それでも今は無理だ。ようやく自分の性別を認め始めた僕にこれはレベルが高すぎる、というのもある。
でも彼はそう簡単には折れてくれそうにはなかった。
「仕事って探偵のことだろ?それが最優先でも俺は問題ない」
食い下がる彼は簡単に諦めてくれる様子はない。
男性に言い寄られた経験なんてない僕はどうしていいのかわからなくなる。どう断っても食い下がられる気がした。かと言って無理矢理逃げても体力的に逃げ切るのは厳しいだろう。……どうしよう。
「すみません、でも僕は」
「直斗、何してんだ?」
遮られた。彼にじゃない。
声がした方を向けば巽君が鞄を肩にかけるという男らしいポーズで立っていた。丁度帰るところなのかもしれない。見かけによらず優しい巽君はわざわざ声をかけてくれたのだと思う。
「何って……」
何、と言われても困る。言い寄られてました、なんて公言するようなことでもないし。
僕がなんと返答するか迷っていると巽君は勝手に話を進めて行ってしまう。
「ビフテキ、みんなで食いに行く約束してただろ。行くぞ」
「ビフテキ?」
そんな約束はしてない。
もしかすると、巽君は困っている僕の様子を見て咄嗟にそう言ってくれたのかもしれない。それならここは素直にそれは乗るべきだろう。
「そうだったね、一緒に行こう」
「お、おう」
彼の前をすり抜けて、僕は巽君に駆け寄る。彼は巽君が怖いのか無言。巽君に頼る形になって情けないけど、正直一人で乗り切れる自信はなかった。
「じゃあ、僕はこれで」
止めたくても止められずにいる彼に一方的に別れを告げてから僕は巽君と歩き出す。
巽君は恩を着せる様子もなく、おもむろに携帯電話を取り出した。
「先輩、ビフテキ食いに行きましょうよ。……ええ、ジュネスっすね」
「え」
今から誘うんだ。というか本当に行くんだ。
鳴上先輩か花村先輩にでもかけているんだろう。結局本当に行く流れになったようで巽君は携帯電話をしまう。
「直斗、これから大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
というか、今聞くんだ、それ。
矢印が向いてるかすら怪しい。
2011.09.16