曖昧ミーマイン

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「お前なんかヒーローじゃない!」

呼び出しという名の会社命令で足を運んでいた道すがら、そんな罵倒と共に右のこめかみに五百円玉くらいの大きさをした石がぶつけられた。避けることは、出来るはずだった。けれど幼さを感じさせるその声に既視感を覚えてしまった。それがいけなかった。

「っ……」

右こめかみに直撃した石は鋭利な角で肌を傷付ける。肌を裂かれたことで血が流れるのがわかった。だんだんと流れ落ちてくる血を欝陶しく思う。
僕が出血をしても石を投げた本人は悪びれる様子はなかった。幼いと形容するに相応しい年齢の少年は敵意のみで構成された視線を投げてきた。睨み返しても良かったが大人げない気がしたのでやめておく。痛む傷を無視して少年に感情の込められていない視線を返した。

「……僕がヒーローじゃないっていうのはどういうことかな」

一応、下手に出ておく。すると少年は敵意を更に増幅させて喚いた。怒りに任せて力の限りに握られている両手は血の気を失って真っ白になってしまっていた。

「ヒーローは困ってる人を助けるんだろ!?でもお前は俺を助けてくれなかったじゃないか!ヒーローだったらどうしてあの時助けてくれなかったんだよ!」
「……成程」

どうやら彼の狙いは『ヒーロー』だったらしい。ヒーローの中で素性がはっきりしているのは僕だけだから狙われた。
少年の理屈は逆恨みでしかなかったが興味深くもあった。そう考えたことがあるのが僕だけじゃないことに驚いた、というのが一番正しい。だけど僕はおじさんみたいに甘くはない。

「僕はヒーローだ。でも困っている人全員は助けられない。悲しいけどそれが真実だ」

どれだけ言い繕ってもそれは本当のことだ。どんなに頑張っても全員を助けるなんて無理だ。それに少年が噛み付こうとしたところで僕は続けた。

「だけど君が目の前で困っていたなら必ず助けよう。それがヒーローの役目だ」

この言葉は一体誰に言っているんだろうか。一文字一文字が自分に跳ね返ってくる錯覚に陥りながらもそう言い切れば少年は固く口を引き結んでしまう。それから踵を返して逃げて行ってしまった。僕の言いたかったことは伝わっただろうか。伝わっていないならそれはそれで構わないけれど。

「……ふう」

余計な時間を食ってしまった。幸い、軽傷なので後で絆創膏なりを貼ればいいだろう。そんなことを考えていると背後から気配がした。

「よう、バニーちゃん……ってその怪我どうした」
「バーナビーです」

おじさんも呼び出されていたらしい。少年がいる時に会わなくて良かったと思う。直感だがおじさんを交えると面倒なことになりそうだ。
とりあえずいつものように呼び名に訂正を入れる。婦女子にならともかく成人男性にバニーはやめてもらいたい。いくら抗議してもおじさんは訂正してくれはしないが。

「たいしたことないですよ、掠り傷ですから」

理由を話す気なんてない。そんな義務はないし、心配されたいわけでもない。放っておいてほしい。そんな僕の気持ちを珍しく察してくれたのかおじさんは追求をやめた。代わりに腕を掴んで引っ張られる。

「ちょっと、なんですか」
「先に手当してから行くぞ」
「何馬鹿なこと言ってるんですか、呼び出しは至急なんですよ」
「どうせいつもの小言だろ。待たせとけ」
「あなたって人は……」

おじさんは物事の優先順位がおかしい。今だって会社命令より僕の手当を優先しようとする。意味がわからない。
抵抗しても押しに負けて手当に向かわされそうだったので大人しく手を引かれるままに歩く。会社命令に背いても小言を食らうのはおじさんだけだろう。
ふと、甘すぎるこの人は先程の罵倒を浴びせられたとしてどんな反応をするのか気になった。少なくとも、僕のように現実で諭したりはしないんだろうと思う。もしかすると謝罪をするのかもしれない、この人は甘いから。

「もしかして、足して二で割ればいいのか」
「何か言ったか?」

ありきたりな結論に行き着いてややげんなりしていると聞こえなかったらしいおじさんが聞き返してきた。独り言だったので気にしないでほしい。だから話題を逸らす意味を込めて嫌味を吐き出した。

「おじさんは耳までおじさんなんですね」

するとおじさんはあっさりそれに食ってかかる。その単純さに安堵しながら息を吐くと不思議と苦笑に変わった。理由は簡単だ。

「何がおかしいんだ?」
「いえ、何でもありません」

ただ、普段は迷惑している単純さに救われているという事実がおかしかっただけだ。


うんざりは体裁


+だけど細分化するのが面倒なので×と言い張る。

2011.05.14

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