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佐藤君は疑うだろうけど俺だって不安になることぐらいある。例えば、俺は真面目じゃない。手際も良くないし。人の弱みを握るのは得意だけど。
こうやってちょっと自分について考えてみただけでもそれはどうなんだろうと思ったりはする。今更改善なんか出来ないから尚更そう思うのかもしれない。
「った……」
急に走った痛みに反射的に手を引っ込める。痛みの走った指を見れば薄く肉が切れて傷口から血が流出し始めていた。考え事しながら包丁を使っていたから怪我をしてしまったみたいだ。あーあ。
食材に血をつけてしまうわけにはいかないから咄嗟に傷のある指をくわえて血が外に出ていかないようにする。そこまでしたところで佐藤君に気付かれてしまった。
「相馬、大丈夫か」
「んー、ちょっとぼーっとしてたら切ったみたい。食材に飛んでないから大丈夫」
とりあえず止血してこないと仕事が出来ない。俺がちょっと抜けてる間にも佐藤君の仕事は増えて行くんだろう。また迷惑をかけてしまった。いや、俺が佐藤君に迷惑かけないことなんて滅多にないんだけど。んー、なんだかなあ。
「食材に血がつくといけないからちょっと止血してくるね。厨房抜けるけどすぐ戻ってくるから」
情けない情けない。何でこうもままならないんだろう。割といつものことではあるんだけど今日に限っては佐藤君の呆れ顔を見るのが怖くて目線を合わせられない。
半ば佐藤君の視線から逃げるように厨房を離れようとしたところで佐藤君が俺を呼んだ。
「相馬、こっち向け」
……えー。聞こえなかったことにしてもいいけど後でフライパンが飛んで来そうで怖いなあ。
そんなことを思っている時点で俺に拒否権なんてあるわけがない。内心びくびくしながらそれを悟られないように笑顔で佐藤君を見る。
「ん?どうしたの?」
俺と目を合わせた瞬間、佐藤君の眉間の皺が増えた気がする。何でだろう。俺がそんな疑問を持ったところで佐藤君は息を吐く。えーと、もしかして呆れられてる?
「バイト上がったら俺の家に行ってろ」
「え、いいけどなんで?」
「それは俺が聞きたい」
何それ。全く意味がわからないんだけど。なんとなくだけど言った佐藤君もわかってないような気がする。だからそれ以上の問答は諦めて素直に了解する。どんな理由にしたって佐藤君からのお誘いだ。断る理由はない。
「じゃあバイト終わったら佐藤君の家に行ってるね。その前に止血してくるけど」
「さっさと行って来い」
「はーい」
佐藤君のきつめな声に追い出されるようにして俺は厨房を後にする。
「救急箱ってどこにあったかな……」
轟さんに聞くのが一番確実かなあ。
そんなことを考えながら俺は自分に都合のいい仮定を打ち立てる。佐藤君が、俺が佐藤君関連で考え事をしていたと気付いていたとして。だから家に呼んでくれたんじゃないかとか、そんなこと。
「まさかね」
仕事中だったし、俺がミスするのはそこまで珍しいことじゃないし。
そうやって仮定を否定するくせに、落ち着きをなくしている俺は何なんだろう。
「あ、救急箱発見」
まあ、とりあえず止血をして佐藤君のところへ戻ろうか。
2011.06.12