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「佐藤君、お疲れ様」
「おう、お疲れ」
バイトが終わったばかりの佐藤君は疲れてるのか着替えもせずに休憩室で椅子に腰かけて煙草をふかしていた。いつにも増して不機嫌そうな佐藤君は俺を見てますます不機嫌になった。あ、ちょっと傷付くよ、それは。
「何かあった?」
「あ?別にいつも通りだけど」
「いつも通り轟さんに惚気を聞かされたわけだ」
「…………」
ここが厨房でなくてよかった。厨房だったらフライパンが飛んできたことは間違いない。
その今にも八つ当たりしてきそうな殺気立った表情も好きだな、と思ってしまうあたり俺はどうしようもなく末期なんだと思う。
「佐藤君はすごいよね。毎日毎日好きな人の口から他の人の話ばかり聞いて。愛のなせる業だよね」
「……それ以上余計なこと喋ったら着火するぞ」
ライター片手に言う佐藤君は若干本気。これ以上苛立たせたら本気でやりかねない。だからこれ以上茶化さないことを示すために両手を軽く上げて降参のポーズをとる。佐藤君はそれで興味をなくしたのかそっぽを向いて黙り込んでしまった。
「…………」
「…………」
あ、この沈黙気まずい。
元々佐藤君は喋る方じゃないから、俺が喋り続けない限りいずれはこうなってしまうわけなんだけど。でも今俺が喋ったところで佐藤君の機嫌がますます下がるのはわかってるし。
「……あ、」
「何だ」
諦めたら?
そう言ったら怒るのかな。それとも無視するか、嫌な顔をするか。どれもありえそうだ。でも俺はその台詞を言うつもりはないのでその反応を確かめることは出来ない。だいたい、俺に言われなくても佐藤君はわかってる。今の片想いはとても不毛で、でも努力の甲斐あってかわずかにほんの少しだけ希望が見えてること。佐藤君はきっとその希望を手放せないに違いない。
「いや、なんでもないよ。それよりさ、」
諦めたら?
それは、俺が言われるべき台詞だね。佐藤君にそう言ってもらえたら、諦めようか。あ、いや、やっぱり嘘。望みがないのはわかってるけど俺、諦めは悪いからね。
相佐企画「好きだと言わせよう」提出
2010.09.01