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「おう眼鏡、俺が稽古つけてやろうかィ」
夜勤めの姉上が睡眠をとっている朝方。誰にも気付かれないように道場で一人稽古をしていたのだが急に声をかけられて肩が跳ねる。今までとは違った汗をかきながら首を回せば入口に沖田さんがもたれ掛かっていた。どことなく気怠げだがいつものことだ。
「近藤さんなら今日はまだ来てませんよ」
「別に近藤さん捜してるわけじゃねェ」
「そうなんですか?」
じゃあサボってるんですか?と聞いたら怒られるだろうか。沖田さんはいつだって飄々としていて掴み所がない。大人なのかと思ったら神楽ちゃんと喧嘩はするし、銀さんと一緒になって土方さんを構い倒すし未知数な人だ。そんな人が一体何の用でここにいるんだろう。僕の疑問に気付いたのか沖田さんは億劫そうに視線を泳がせる。
「最悪の事態を避けようと思ってんでさァ。そのために稽古をつけてやろうかと」
「僕の……ですか?」
「当たり前だろィ。旦那にはどうせ面倒臭がられて稽古つけてもらったことねェだろ」
「まあ、そうですけど」
銀さんは強いけど技術的なことは教えてくれない。銀さんは生き様から心や意志の在り方を教えてくれるだけだ。そう言えばかっこいいけど多分稽古をつけるのが面倒なだけだろう。
僕がそんなことを考えて苦い表情になったところで沖田さんがにんまりと口端を吊り上げた。
「で、どうする?」
「……いいんですか、仕事とかは」
「俺がいなくてもその分土方さんが働くだろ」
「そうですか」
まあ、沖田さんは何故かサボっているイメージしかないし。だから大丈夫というわけでもないが。
沖田さんが強いことは知っている。だから沖田さんが稽古をつけてくれることは純粋に嬉しかった。沖田さんにどんな意図があったとしてもこんな機会を逃すのは勿体ない。
「じゃあ、お願いします」
「よし」
僕が一礼すると同時に沖田さんは道場へ上がり込むと重たそうな上着を脱ぎ捨てた。ついでにスカーフも外して上着の上に投げる。
「竹刀、あるかィ」
「取ってきます!」
案外真剣に稽古をつけてくれるらしいことに胸を弾ませながら竹刀を取りに向かう。そうこうしているうちに腰に差している刀を抜いて上着の横へ置いた沖田さんは小さく何かを呟いた。
「 」
「?」
呟いた、ような気がした。
ヒント:二年後篇
2011.05.28