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「勲って呼んで」
「…………正気か、近藤さん」
割と馬鹿だとは日常的に思っていたがまさかここまで馬鹿だったとは。一度でいいから頭をかち割ってどんな構造になっているのか見てみたい。可愛らしく小首を傾げられても微塵も可愛くない。寧ろそのギャップにげんなりする。
俺からすると突拍子もない上に馬鹿馬鹿しいが近藤さんは大真面目らしい。そんなことはいいから仕事してくれ。
「だってさー、トシってあんまり名前呼ばないだろ。名前で呼んでるのは総悟くらいじゃないか?」
「まあ……」
だいたいは苗字を呼べばそれで足りる。総悟にしても一人っ子だったら苗字で呼んでいただろう。伝わるなら何と呼んでも構わないだろうに。何が近藤さんの琴線に引っ掛かったのかよくわからない。どうせ俺にはよくわからない理屈で動いてるんだろう。らしいと言えばそれまでだが俺を巻き込むのはやめてほしい。
「だからまずは俺は名前で呼んでみるとか」
「何がだからだよ。何にも繋がってねーよ」
近藤さんなりに思うところがあるのだろうがそれが全く伝わって来ない。そもそもこの人の説明能力はどうしようもなく低いんだから期待するのが間違いだ。
「名前で呼ばれるのって嬉しいだろ?」
「知らねーよ」
もうそれは単にアンタが名前で呼ばれたいだけなんじゃないのか。それなら総悟のところにでも行けばいいだろうに。アイツでも呼ぶかは微妙なところだが。
「……呼んでくれたっていいじゃねーか。減るもんじゃないし」
「……」
終いにはいじけ出した。こうなると面倒臭い。
無視してやろうか、なんて考えもちらついたが譲歩してその案は却下。だが折れるのも却下だ。
「そのうちな」
駄々を捏ねる子供をあやすにはこれくらいでは足りないのだろうが、近藤さんを引かせるのはこれで足りたらしい。
「……本当だな」
「ああ、本当だ」
だから仕事をしてくれ。
それをどう伝えるのが一番効果的だろう。そんなこと考えていると近藤さんがにんまりと笑う。どうやら今し方した口約束が余程嬉しいらしい。よくわからない。
「絶対だからな」
「わかったわかった」
ここまで念を押されるということはやはりいつかは言うべきなのだろうか。適当にあしらうためとはいえ、軽率な返答をしてしまったのかもしれない。だが今更発言を撤回出来るわけもないのだから俺に残された選択はひとつしかなかった。
「………はあ」
いつ、どんな時に呼んでやろうか。
これは思ったより重大な案件を後回しにしてしまったのかもしれなかった。
近藤さんのことを勲と呼ぶ人がいないことに気付いた
2012.04.18