曖昧ミーマイン

http://nanos.jp/bisuge/



「田中トムだな」

明らかに悪そうな男に声をかけられた。声をかけられただけなら気付かなかったふりをすることが出来たのだろうが、名前を呼ばれたからにはそういうわけにもいかない。

「そうだけど、どちらさん?」

名前を知られているが、俺の方は男の名前を知らなかった。どこかで会ったかな。いや、覚えがない。多分あっちが一方的に俺を知ってるだけだと思う。その証拠に何度記憶に検索をかけてもヒットしなかった。記憶力はそれなりにはあるはずだが。

「アンタ、平和島静雄の上司なんだろ?随分手なずけてるみたいじゃねえか」
「は?……あー、静雄の方か」

会話がいまいち成立しない。それでも男の目的はだいたい読めた。まあ、くだらないことだろうし珍しいことでもない。

「静雄に何かされたか?意味なく暴力振るう奴じゃないんだが、まあやり過ぎることはあるわな。悪いな」

静雄が暴力を振るう時はいつだって理由がある。争いを好んでいるわけではないので自主的に手を出すことはまずない。
この男にしたって何かしらやったのだろう。言葉遣いからしても静雄の神経を逆撫でするタイプだ。素行が良さそうには見えないし。

「何かじゃねえよ。俺の商売道具ぶっ壊しやがって!」
「商売道具?」

聞く限り、おおっぴらに言える職でもないのではないだろうか。勝手な想像で失礼ではあるが、何の理由もなく静雄が商売道具を破壊するとも思えない。
だが静雄がこの男の商売道具を破壊したのは恐らく真実だろう。男はかなり頭に血が上っているらしかった。静雄相手に一人でやって来るあたり、多分正気じゃない。それでも多少なりとも考える力は残っているらしかった。

「そうだよ。だからアイツに謝罪させてやる!アンタが人質に取られてたらいくらなんでも逆らえねえだろ」
「……あー」

なるほど、やっぱりそういう輩か。
こういう奴はたまにいる。そりゃ確かに俺と静雄は円満な関係ではあるが、手なずけているとかそういうわけじゃない。それでも俺が人質に取られたりしたら怯んでくれたりはするんだと思う。職業こうして絡まれるのは珍しい話でもない。だが静雄絡みとなるとちょっと厄介だ。早く片付けてしまわないと静雄が気に病む。

「人質取ってまで謝らせて、それからどうすんの?話次第では弁償もちゃんとさせるし何もそこまでしなくてもいいんじゃねえの」
「うるせえ!アイツは土下座させなきゃ気が済まねえんだよ!」

相当ご立腹らしい。理性は大分欠いているみたいだし、筋骨隆々というわけでもない。撃退か逃走か、それくらいは何とか出来そうだ。さて、どちらにしようか。猶予時間の少ない中で考えて、だが結論が出るよりも早く状況が動いた。

「頭ぶち抜かれたくなきゃ大人しくしろ」

男は懐から抜き出した拳銃を俺に向ける。だが俺が手を挙げることはなかった。

「あ」

男の後ろ側に人影が立ったのを見てタイムリミットだと知る。出来れば男を何とかしてやりたかったが、この状況では誤魔化しようもなかった。

「おい!聞いてやがんの、がっ!?」

言い終わるよりも早く、男の後頭部に何かが激突した。かなりの力で投げられたそれの直撃を受けた男は意識を手放してその場に倒れる。脳震盪でも起こしていなければいいが。
足元に転がる、男にぶつけたせいでところどころがへこんだ缶を拾い上げる。それから缶を投げた本人を見た。

「ありがとな、助かった」
「いえ」

缶コーヒーを一本持った静雄はどこか居心地悪そうにそれだけこたえる。もしかすると途中から聞いていたのかもしれない。出来れば飲み物を買いに行った静雄が戻って来る前に何とかしたかったのだが、やはり無理だったか。いや、解決したんならそれはそれでいいんだが。

「あ、そっち俺が飲むんで貸してください」

静雄がへこんだ缶を指差す。こっちも缶コーヒー。

「……」

渡そうか渡すまいか。僅かに考えてからプルタブに指をかけた。

「あっ」
「形がどうでも飲めば同じだろ」

それだけ言ってコーヒーを煽れば、静雄は不満そうな顔をする。

「そうすけど……すみません」

謝られてしまった。やはり途中から聞いていたのだろう。


不要に伸びる


テーマは「男前なシズちゃん」だったのに見事に脱線

2012.06.02

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -