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街をぶらついていると携帯が鳴った。
誰だろうかと思って携帯を取り出し、確認する。
「非通知?」
俺に電話をかけてくる人間なんで限られてるのに非通知って何だよ。間違い電話だったり悪戯電話ならいいんだが誰かが意図的に非通知でかけてきているのだとしたら面倒事の始まりのような気がする。無視してやろうかと思ったが帝人かもしれないと思い直して出ることにした。
「はい、もしもし。紀田正臣ですけど」
そういえばいきなりフルネームを名乗るのは危険だったのではなかっただろうか。そんなことを思ったがもう名乗ってしまったのだから仕方がない。
そんなことを考えていると電話の向こうから最も聞きたくない声が届いた。
『俺ってそんなに体臭きついかな?君はどう思う?』
「……用がないんなら切りますよ」
臨也さんだ。非通知でかけておいていきなり何を聞いてくるんだ。臨也さんの体臭については気にしたことがないので返答に困る。それにそんな雑談めいた話に俺が付き合ってやる理由もない。そんなわけで電話を切ってやろうとすれば電話の向こう側で破壊音。
『いーざぁやぁぁぁぁぁぁ!』
『ちょっとシズちゃん、人が通話してる時ぐらい待てないわけ?』
『うるせえ、殺す!』
『会話のキャッチボールをしようよ』
先程の破壊音は自販機でも投げられたのだろう。どうやら臨也さんは静雄さんに追われているみたいだ。あえて言おう。ざまあみろ。静雄さん、思う存分痛め付けてやってください。
『まさかとは思うけどシズちゃんを応援してたりしないだろうね』
「まさか。雇い主が死なれたら困りますし」
『へえ、じゃあ協力してくれるよね』
意味深長にそれだけ言うと臨也さんは一方的に通話を終了してしまう。まだ了承していなかったのだが臨也さんの中ではもう決定事項なんだと思う。迷惑すぎる話だ。
「だいたい協力って何すればいいんだよ」
具体的なことを何ひとつ聞いてないからどうすればいいのかわからない。でも仮にも雇い主の言葉だ、無視するわけにもいかない。臨也さんのことだから伝えるまでもないと踏んだか、そのうちわかるかのどちらかなんだろう。
そう結論を出したところで聞き覚えのある低温が耳に届いた。
「逃げんじゃねぇぇぇぇ!」
静雄さんだ。ということは臨也さんも近くにいるのか。そんなことを考えていると全力疾走する臨也さんが視界に入った。臨也さんの方も俺を発見したらしく、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。……こっちに来る?
「ちょっ、勘弁してくれよ……」
臨也さんだけでも相当に嫌なのに、臨也さんの後ろにはキレた静雄さんまでいるじゃないか。現在、面倒事ツートップを背負っているようなふたりとは関わり合いになりたくない。でも俺が逃げるよりも早く、目前まで迫った臨也さんが俺の腕を掴んだ。それからそのまま角を曲がる。静雄さんはまだ追いついてきていない。
適当に死角になりそうなところで足を止めた臨也さんは俺を抱きしめた。意味がわからないし、鳥肌が立つ。
「ちょっ、臨也さん」
「シズちゃんが言うには俺は臭うらしくてすぐに気付かれちゃうんだよね。だからこうやってしてれば臭いが混じってわからなくなるかと思って」
臭いって、静雄さんは犬か何かなんだろうか。そんなことを思っていると静雄さんの声が近付いてくる。すると臨也さんが息を潜めるので俺もそうすることにした。
臨也さんが見つからないためじゃない。俺が巻き込まれてしまわないためだ。そんな言い訳を誰にでもなくしてみた。
24時間戦争コンビに巻き込まれる正臣。
2011.04.16