朝から曇り空が広がっていたが、午後になると激しく雨が降り出してきた。

リビングから電話が鳴っているような気がするが、気のせいだと決めつけ私は途中だった漫画に目を落とす。

少しして、側にあった携帯電話が鳴る。

ディスプレイを見ると出掛けていた母さんからの電話で、先程の電話はきっと同一人物だ。



「もしもし…、」



要件は"帰りが遅くなる"との事だった。

特に気にもせず再び漫画に集中しようとページをめくった時だった。


ー…ゴロゴロゴロ!!


雷が、鳴り始めた。

窓を見ると雨風も激しくなっていて、パッと部屋の灯りが消えた。



「や、やだ…、停電……?」



ピカッ、と光った雷と轟音に私は身を丸めるようにしてうずくまった。

何も見えない暗闇の中、ビクビクと身体を震わせていると何かがピタッと私の肩に触れた。



「きゃあ!!?やだっ!!!何っ!!?」

「ボクだけど?」

「っ…"ボクだけど?"じゃない!ビックリするでしょ!」

「ブレーカーが落ちたみたいだから様子を見にきたんだよ…ちょっと行ってくる。」



パシッ、と思わず部屋を出ようとする藍の手を掴んでしまった。

無言のまま、藍はその場に立ち尽くしている。



「い…行かないで……。」

「…………。」



情けない私の言葉にストン、と藍が私の隣に座った。

ピッタリと肩がくっついているため、雷の音に私が身体を震わせる度に藍が「大丈夫?」と心配してくれた。



「……呆れた?」

「何に?」

「人間に、っていうか私に。」

「……ふふ。」



ふんわりと、優しく笑う声だった。

呼吸を必要としない彼がまるで空気を吐き出すように笑った。



「雷を怖がるあゆみに対してボクが何を思っているのか、気になるんだ?」

「なっ…、変な言い方しないでよ。」

「教えてあげてもいいけど?」

「やっぱい…、っ!?」



ー…ちゅっ。

頬に柔らかい何かが音を立てて触れた。

人間の私には何も見えないけど、それが何だったのかわからない程鈍くはない。



「藍…今の……、」

「キスだよ。」

「っ!サラッと言うな!」



もしかしたら、藍には暗闇でも私のことが見えるのかもしれない。

でも顔を隠さずにはいられなかった。

顔が熱い…そう思って私は少し焦りを感じる。



「じっ、実はね、雷はトラウマなんだ!」

「…?」

「私が不登校になる前…最後に登校した日も、今日みたいに大雨で雷が鳴ってたんだ。」



嫌な事程、記憶は鮮明に覚えている。


*****


『仲、直り……?』

『うん!その証拠に、今日遊ぼうよ?』

『雨降りそうだけど…、』

『大丈夫!今日は曇り後晴れだから!』



そう言って笑う彼女を信じて、待ち合わせの場所で待っていた。

しかし、待ち合わせ時間の30分を過ぎても彼女は姿を表さず天気はどんどん悪くなっていった。

雨に濡れて震える身体で携帯電話を取り出し、彼女の連絡先へかける。



『っ、もしもし、今どこにいるの?』

『…それはこっちの台詞、天気予報見てないの?』



ー…ゴロゴロ!!!

酷く冷たい声色と、激しい雷に目眩がした。



『信じて待ってるとかバカじゃないの?誰がアンタと仲直りなんかするかよ!!雷落ちて死んじゃえ!!!』



*****


あの日から、保健室登校というものをしていたが今は休学という形になっている。

話を聞いていた藍は、何も言わずに黙っている。



「授業は苦じゃなかったし、それなりに成績は良かったんだ…でも!私はバカだったんだ…っ。」

「あゆみ、」

「私はッ…、…!!」



後ろから、そっと包み込むように藍が私を抱きしめる。

ボクの前で泣かないで、と。