「あら!藍ちゃん、お早う。いつもの時間より早くないかしら?」



ー…AM 08時00分。

ボクはある計画を実行すべく、いつもより1時間早く起床した。

自室であるヤネウラベヤからリビングへ向かうと、すぐ側のキッチンから包丁で何かを刻んでいるような音がする。

朝食の準備をしていた母さんは、ボクの存在に気付くとニコッと微笑んだ。



「今日は用事があるからね。」

「研究所?だったらコレ、昨日の夕飯の残りなんだけど博士に渡して。」

「いいけど。」

「あの人きっとまともに食べてないでしょうから…よろしく頼んだわ、藍ちゃん。」



頼まれた博士宛のお惣菜を持って、ボクは研究所へ

……行かなかった。

本来ならばあゆみが通っている学校と、数日前に訪ねてきた"ランマル"という人物の自宅から中間地点にいる。

なぜなら、恋愛的感情を彼から学ぶのが1番の近道であると考えたからだ。



「08時15分、そろそろかな。」



ボクは事前に彼がこの時間帯にこの道を通ることを把握していた。

案の定、右方向からランマルが気だるそうに歩いてくる。

そしてすぐにボクと目が合った。



「チッ、朝からテメェみたいな訳のわからん奴に遭遇するとかついてねーぜ。」

「ボクはキミに用がある。」

「はあ?んなの付き合ってる暇ねーよ、これから学校だっつーの。」

「どうしてあゆみを泣かすようなこと言ったの?」



歩き出そうとした彼の足がピタッと止まる。

一瞬、戸惑ったというような顔をしてすぐに眉間のシワが深くなる。



「好きなのに、どうして泣かすの?」

「!!!」



そう問い詰めると、今度は顔を真っ赤にして彼はボクを睨みつけた。

照れているのだろうか?人間はくるくると表情が変わる。



「っ、テメェには関係ねーだろうが!」



そう言って彼は走り去ってしまった。

まだまだ聞きたいことがあったけど、仕方がないのでまた今度にする。

その後、ボクはメンテナンスのため研究所へ向かった。



「はい、これ。」

「おっ、肉じゃがに漬け物!」

「…やっぱりボクにはわからない。どうして人間は好きなのに傷つける?」

「何の話か見えないけど。」



パチン、と何処からか取り出した割り箸を割る博士にボクはこれまでのことを話した。

あゆみが学校へ行かないこと、ランマルがあゆみを泣かせたこと。



『キミは"ガッコウ"という所に行かなくていいの?』



突然脳裏に浮かんだ言葉。

…そういえばボクもあゆみを傷付けていた。

ダメだ、データの処理が追いつかない。



「まぁ、好きな女の子を泣かせたい気持ちも俺はわからなくはないがね。」

「何それ?ちゃんと説明してよ。」

「説明して理解できるもんじゃない、感じてみるしかないんだよ。」



摘んだじゃがいもを口に放り込んで、博士は「うまい」と微笑んだ。

その肉じゃがの味すら感じることが出来ないボクに、人間の気持ちを感じることが出来るのだろうか。



「あまり一度に考えすぎるな、オーバーヒートするぞ?」

「わかってるよ。」



…そう言いつつも、今はあゆみのことが頭から離れそうになかった。