「藍は所詮ロボットだ…誰も信じられないくせに、本当は独りが怖くて仕方がないキミにとってすごく都合の良い存在だよね」
「!!」
「ホント、人間ってくだらないよ…うんざり」
ー…確かに、
私にとって藍の存在は都合の良いだけかもしれない。
(でも、それでも…)
「藍を返して!」
「どうして?」
「藍は、私の家族だから!」
真っ直ぐにそう言い切ると、愛音は私から瞳を逸らした。
その横顔は私なんかよりずっと寂しそうで、彼の過去がどれほど暗いものだったのかが気になった。
「…まぁ、理由なんてボクはどうでもいいけど」
しかし、その顔は次の瞬間には先程までの心底つまらなさそうな表情に戻っていた。
「藍を返して欲しいなら、ボクに証明してみせてよ」
「証明…?」
「少なくともキミは藍との"絆のようなもの"を感じているんでしょ?それがどれだけ価値があるのか…証明して」
「……わかった」
そう言えば愛音はニヤリと口角を上げて私に再びキスをした。
「っ、」
「…約束のキス」
*****
「どうしたの?随分と早起きじゃない?」
「ちょっと出掛けるから」
母さんに愛音のことを一通り説明して、それから数日が過ぎたある日。
私はあるお弁当屋さんに足を運んだ。
家からそう遠くない距離にあるその建物には『寿』と書かれた看板が立っている。
「いらっしゃ〜い!待ってたよ、あゆみちゃん♪」
「よろしくお願いします…おっ、お兄ちゃん……」
「んん〜っ、やっぱりそっちの方がグッとくるなぁ!あとその恥ずかしそうな顔が堪らなくいじらしくて…」
「もう黙って下さい!早く準備しましょう!!」
お店の奥でエプロンを付ける私を愛音がじっと見ている。
「何でバイト?学校に行くんじゃなかったの?」
「…いきなり学校は、ハードルが高いのよ。」
「ふぅん。」
…自分でもよくわからないけど、愛音を納得させるには今の生活を変える必要があると思った。
詳しいことは知らないけど、愛音は人間に絶望している。
だからこそ、こんな私に証明して欲しいのではないだろうか?
「い、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ〜!ささ、何にしますか?今日のオススメは唐揚げ弁当☆嶺ちゃんスペシャルだよーん!」
開店して最初のお客さんのレジを売った。
久しぶりのことで、緊張で手がベタつく。
「ちょっとちょっと〜、あゆみちゃん?もっと笑顔で接客しないと!スマイルスマイル!」
「………」
「あー、だめだめ!目が笑ってない!仕方ないなぁ〜、お兄さんが特別に魔法をかけてあげよう♪そーれっ!」
「…は?えっ、ちょ、ちょと…やっ、くすぐったいぃ!」
「ほらほら、その笑顔で!お客さんが来たよ!」
「っく、いっ、いらっしゃいませ…!」
横腹をくすぐられて、堪えながら振り替えるとぎょっとした顔をした蘭丸が立っていた。
一瞬釣られてこちらもぎょっとしたが、嶺二さんの手によってそれは許されなかった。
「っ、く、なんで蘭丸が、…あはは!ちょつと、嶺二さん止めて下さいぃ!」
「お前、なんでここで…ってか!嶺二さん触りすぎだろ!!」
「ランランいらっしゃ〜い!今日は何にする?サービスしとくよー♪」
…そういえば蘭丸は時々ここのお弁当を買ってたんだと今更ながら思い出した。
嶺二さんのくすぐる手が止まると、何だか空気が変わったように体が重くなるのを感じた。
「…ありがとう、ございました。」
「…はぁ、俺にはもう笑わないってか。」
「………。」
「…まぁでも、お前の笑ってる顔が見れて良かったよ。俺はもう来ねーから、他の客にはさっきみたいに笑ってやれ。」
じゃあな、と蘭丸は学校へと向かった。
何故か、もう二度と振り返ってはくれない気がした。
「あゆみちゃん…」
「……あの、」
「うん?」
「ちょつと、抜けてもいいですか?」
そう言うと、嶺二さんは「後悔しないようにね!」と笑って許してくれた。