10.近くて遠い


頭が真っ白になって、事態を理解した頃に身体が熱くなった。

藍ちゃんの熱が伝わってドキドキと脈を打つ。

でも、どうして??

よく見ると藍ちゃんの顔も赤いことに気がつき、それが私とは全く違う理由だということを悟った。

・・・もしかして、



「酷い熱……!!」



半ば引きずるようにリビングのソファーへと藍ちゃんを運んだ。

私のバカ、画材を放り込んででも鍵を取り出せば良かったのに!

体温計には38.7℃と出ている。

病院へ行った方が良いかもしれないけど、あの足取りだと行くまでがきっと辛い。



「…っ……、…優子。」

「ちょっと待ってて。」



何か言いたげな瞳で藍ちゃんが名前を呼ぶけれど、とにかく少しでも楽になって欲しかった。

熱の出始めだから解熱剤じゃなくてビタミンだとか栄養剤を用意し、水で濡れたタオルを額に乗せる。



「部屋…に、戻って……。」

「大丈夫ですよ、バカは風邪引きません。」

「……、そ…だね…。」



私が何を言っても聞かないと悟った藍ちゃんはすぐに折れて、困ったような顔で小さく笑った。

翌朝、大分熱が引いたようで藍ちゃんは私よりも先に起きていた。



「まさか……出かけるんですか?」

「うん、仕事あるから。」



サラリと言い放つ藍ちゃんに目を丸くする。



「昨日、あんなにフラフラだったじゃないですか!休んだ方が……」

「優子。」



行ってくる、

そう言って振り返ることなく出て行ってしまった。

それから1ヶ月間、一度もマンションへ戻って来なかった。

藍ちゃんがいない間、彼の特等席であるソファーを占領してTVばかり見ていた。



「あ、藍ちゃんMスタ出てる…。」



やっぱり違う世界の人なんだなぁ。

そう思ったら、すごく胸が痛んだ。


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