「昨日ファリーヌと寝た」
「ゴホッ、」
「何してる」
ふっくらタウンに新しく出来たカフェにて。
ビスケット大臣と将星を兼任する彼は毎日、国内中や遠征であちこちを飛びまわっているので一緒に過ごすのは本当にひさしぶり。
そんな休日の昼下がり。
ここのカフェ目玉の、ランチセットに付いた“ふっくら焼きたてパン”。
最初の一口目を口に運んだ瞬間「ファリーヌと寝た」。彼はそう言った。
ファリーヌさんといえば万国で大人気のファッション誌のNo.1モデルを務める女の子とおんなじ名前だ。
「売れっ子モデルのファリーヌちゃんと同じ名前だね」
「あァ、そいつの事だからな」
「ブッ」
「さっきからいい加減にしろ汚い」
「ご、ごめん」
あれ、ここわたしが謝るとこ……?
それにこんなおしゃれなカフェで話すことじゃ……っていうか、
「……浮気って隠し通すものなんじゃないの」
「お前の反応が見たくて」
…………。
クラッカーさんの今のこの表情は何なんだろう。
わくわくっ……
うん。わくわくっ、て表情だ。きっと。
何でわくわくしちゃってるの。
沸々と怒りが込み上げてくる。
いや、でもこのまま怒れば彼の思うツボかもしれない。
彼は何を期待してるんだろう。 何を言えば、この目の前の笑顔を歪めることができるんだろう。
「クラッカーさんのばか」
「ハハハ」
しまった。考えてる間に口が滑ってつい本音が。
だけどこれでわかった。わたしが怒ること、これはクラッカーさんの期待する反応なんだ。
それがわかった所で、とてもじゃないけど笑える気分じゃない。さっきから口に運んでるパンの味もまったくわからない。味ついてるのかな、このパン。
このパン……このカフェに来るの、楽しみにしてたのに。
……クラッカーさんと。
「クラッカーさんなんて…きらい」
わたしはバッグから折り畳みの鏡を取り出した。
「ブリュレちゃんっ、来て…!」
「……は?」
「はい、お釣りはいらないからっ」
クラッカーさんの目の前にお代を置くのとほぼ同時に、鏡から現れた大きな手がわたしを包みこんだ。
「ウィウィ、また何かやらかしたのね?兄さん」
待てブリュレ!
クラッカーさんのその言葉は、鏡の中から聞こえた。
焦りを含んだ声に、少しだけ。
ほんの少しだけ、すくわれた気がした。
2017/12/16 15:21
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