赤ずきんパロ-5話-




「お前じゃない。オレにはミストレーネ・カルスという名前がある」
「………」

半日前に犯されかけた相手を目の前にしているというのに、狼は咄嗟に息を飲み、ミストレの姿を瞳に映したまま固まってしまいました。
それほどに月光を背に受けたミストレの姿は神秘的で美しく、人を惹き付ける力がありました。
ミストレの深緑色の髪は夜風に揺らめき、その一本一本が光を纏い、淡い逆光を浴びた肌は透けそうな程に白く、儚気な印象を与えます。
先程、花畑で摘んだ物だと思われる色とりどりの花束も、ただの引立て役にしか見えません。
その姿は狼が今まで見た何よりも可憐で、思わず目を奪われてしまいました。

しかし、どんなに美しくとも、狼にとって目の前にいるのは要注意人物に変わりありません。
狼はハッと我に返ると両手を頬を叩き、自分を叱咤しました。


そんな狼を知ってか知らずか、ミストレは隙を見て窓の縁に手を掛けると、ひらりと身を翻し部屋の中へと入ってのけました。

「お邪魔しまーす」
「……!不法侵…!」

振り返った狼の叫びは途中でミストレの掌に制されてしまいました。

「ん―――っ!」

狼は声にならない声を漏らし、呻きます。

「不法侵入じゃないから。オレはここに住んでるヒビキ爺さんに用があって来たの。もう爺さんも寝ているだろうから静かにして」

ほらこれ、と小脇に抱えていた小麦粉を見せると、狼は大人しくなります。
親切にしてくれた老人に、これ以上迷惑を掛けるわけにはいきません。
狼が一切の抵抗を止めると、ミストレは口を塞いでいた手を退けました。

「…んだよ、早く言えよ」

自意識過剰な勘違いをしてしまったかと、狼はばつの悪そうな顔をして視線を背けます。
ミストレは抱えていた花束と小麦粉をベッドの横のチェストに置くと、我が物顔でベッドに腰掛けました。

「さっき聞こえちゃったんだけどさ」
「……何だよ」

そして髪を指に巻き付け弄びながら、話し出します。
ミストレが自分の腰掛けた横をぽんぽんと叩くと、狼は少し距離をとりその隣に座りました。

「君って一人ぼっちなんだ」
「てめぇそれ聞いて…!」
「別に馬鹿にしているわけじゃないよ」
「………」

狼は本来人間に恐れられるべき存在であるはずの自分の弱い部分を知られてしまい、口を噤みます。
ミストレはそんな狼を一瞥すると、そのまま続けました。

「一人故に君は自由だ。人間関係に囚われることもない。…オレとは逆にね」
「何だよ、その含んだ言い方。お前人間関係に悩んでんのか」
「いや、別に。オレは現状に満足してる。ただ、時々疲れたりもするよ」
「ハッ、大層な悩みだな」

狼は口の端に皮肉な笑いを浮かべつつも、溜息を漏らしました。
ミストレの悩みも狼にとっては、羨ましいもの以外の何物でもありません。

「良い人演じるのも大変なんだ」
「何で外面を取り繕う必要があるんだよ」
「誰からも頼りにされて、愛されることに喜びを感じるから、かな」
「……俺にはよく分かんねぇな」
「だろうね」

狼が小さく舌打ちをすると、ミストレは口元に笑みを浮かべます。
今までミストレに対して舌打ちをした者など誰一人としていません。
ミストレはそんな無遠慮な狼の反応が楽しくて仕方がありませんでした。

「――たまにさ、オレにこの顔と力がなくても皆変わらず愛してくれたのかなって、不安になることがあるよ」
「てめぇの言うことは一々鼻に付くな」

ミストレは変わらずな狼の反応に哄笑すると、ベッドに乗り上げ狼との距離を詰めました。
狼が後退ると、またその距離を詰めるように近づき、狼の背中が壁に当たるまで二人の攻防は続きます。
ついに追い詰められた狼は、威嚇するようにミストレを睨みつけましたが、ミストレは何食わぬ顔で真っ直ぐ狼を見つめます。


「ねぇ、君はオレの中身を見てくれる?」


暗闇に光るミストレの切ないほどに真剣な瞳に、狼は言葉を失い、身体が硬直するのを感じました。
それは今までのミストレからは想像できない切羽詰まった表情でした。


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